心理戦の100万円アプリ
すぐに声を高めて機嫌を損なわない様にと物腰が柔らかくなる。
「解った、解った話すよ」
再び席につくと嘘は許さないと目で脅す。
「OK、まずキャバからだ」
「……解ったよ。まずキャバクラの接待があるだろ? 人の心を聞き出しいい気分にさせる。それの逆をしてスラッシャーしてきたのさ。僕の性格をついてボロクソに言われたよ、それでゲームオーバー」
顎に手をやり考えるが、嘘にしてはリアル。次のモヒカンの内容がおかしくなければ嘘はついていない事になるな。
「ふむ、終わったらすぐキャバに少し探りを入れて確認できたら、ここに女社長を入れる。少しでも矛盾が出たら女社長に全部ばらす」
「いいよ、本当だから。あんたも用心深いな、話し終わったらできれば簡単なヒーラーで終わらせてくれよ」
「OK、モヒカンは?」
「モヒカンはえらく紳士だった、仰天したね。すぐ入れ替わると思ったけど終始そのままだった。キャバに傷つけられた事を、すぐに聞き出されたよ。僕の方が話したかったみたいにすぐ話してしまった。そしてヒーラーされたんだ。『お前は生きていかなくちゃいけない。沢山あるから俺のポイントをやる』今回ポイントは伏せられて見えないけど、送信側はできるとメールで200ポイントもくれた画像を見たんだ。それでヒーラーは終わりさ」
「それで騙された……と」
「え?」
僕はタバコに火をつけると、煙をハイエナ男に向ける。
「あんた馬鹿だなぁ。そんなの画面編集して作ればいいじゃないか」
「編集!?」
ハイエナ男の血の気が青くなる。
「メール画面を保存して、他のアプリで編集したらなんでもできるだろ? あんた騙されたんだよ」
「じゃあ! 僕のポイントは!?」
僕はニヤリと足を組む。
「マイナスのまま」
「あ……あ……」
「気づいた? 馬鹿だな」
「じゃあ女社長のは!?」
ハイエナ男は今日1番の声で机を叩くのを見て立ち上がり、ハイエナ男の隣に行き、耳元で囁く。
「う……そ。もう終わりだねあんた、チームだから、後の2人にも全部話す。弱り切ったあんたの癖や、焦り全部な。サヨウナラ」
ハイエナ男は顔を手で覆い、嗚咽する。するとハイエナ男のケータイが鳴る。ハイエナ男は震える片手で顔を覆ったまま出る。
陽気にボーカロイドが音声が脱落を告げた。
「はーいお疲れ様でしたー! 馬鹿はもう現時点をもってゲームオーバーとなります」
「いくら! いくらなんだ!?」
「マイナス753万円になりまーす! では荷物を抱えてとっとと出ていってね」
735!? とんでもない。額が全然違う! 100万円どころではない。……それよりモヒカンだ。ハイエナ男から情報を取って勝つだけではなく僕に駒として仕向けてきた事だ、一体どれだけ強いんだ。
部屋を出てみると、彩子はいない。
ハートブレイクしているんだろう。
見渡すとケンジが中央応接間のソファーで俯いていた。
「ケンジ! 負けたのか!?」
「優君、スラッシャーって正しいのかな?」
「どうしたんだ?いきなり」
「ギャンブルにくるやつはさ、自分を見失って自滅する奴が多いんだけど。今回はほぼ強制じゃん? そんな奴の精神を壊す権利なんかあるのかな? もしもそれが元で人生駄目になったりでもしたら……」
「確かに感覚麻痺してるよな、どうやってスラッシャーしてやるか常に考えてる状態だ。けど今は逃げられない」
「スラッシャーに迷いが出るなんて、アウトだよね。切り替えなくちゃ」
「ここは社会の縮図だ」
「え?」
顔を上げたケンジは今までに見たことのないような悲しい負の感情をまとっていた。
「ケンジ、人それぞれ家庭の状況があるだろう? 僕の親は貧しくて必死に生きてきた。働きに出てる親にイジメを訴える時間もない。先生に言っても、告げ口したと悪化しただけ。大人になっても、職場イジメをよく見た。国は助けてくれなんかしない、誰も助けてくれやしない。唯一金を持ってるやつが豊になる確率は俄然高い、所詮金なんだよ」
「それ本気で言ってる? 人生愛より金なの? 優くんは」
「金があっての愛だ。しかし、健康な心と身体がないと意味ないけどな。正直僕も愛なんてわからないから形ある金って言っただけ。でも金より心だと思う。優勝でもしたらこのアプリ運営のやつ一発でも殴ってやるかな」
「俺は卍固めする!」
「さて、彩子を待ちながらシャワー浴びて寝るか」
ケンジの頭にポンと手を置いてそのままシャワーに向かった。
熱めのシャワーをあびて目をつぶりひたすら無心へと帰る。深呼吸を何度もして力を抜く、1番リラックスできる僕のやり方だ。
『ドンドン!』
「優くん! 優くん! 大変だ! 彩子が!」
「負けたのか!?」
僕はシャワールームから身体も隠さず上半身を乗り出す。
「彩子がシャワー浴びてる! のんびりしてる場合じゃないぞ!」
「どアホ!」
シャワーを済まし、静かになった応接間でタバコを吸っているとケンジもシャワーから上がってきた。
「早いな、ちゃんと洗ったのか?」
今日はもうハートブレイクはないだろう、安心したらあくびが止まらない。
「勿論! あ、優くんもう寝るの?」
「早めに睡眠とりたいからね」
「俺は読書してから寝るよ」
ケンジはリュックサックに手を突っ込む。
「へえ、プレイヤーとして当たり前のような、ケンジにしては意外なような。何系?」
「今日はメガネだな」
「お前それ……もう好きにしろ」
白いバスタオルで髪を拭きながらバスローブ姿の彩子がやってくる。
「お疲れ、勝った?」
「当然よ、少し時間食ったけど」
「で、パンチパーマは?」
「ゲームオーバーよ、高3で既にかなりやられてたみたいだった。面接もする必要なかったわ」
雑誌に夢中なケンジを見る彩子の目が少し怖い。
「2人減ったか、話し合いするか?」
「私あんまりスッピン晒したくないから寝るわ。……一緒に寝てみる?」
髪を軽くまとめる仕草から来るシャンプーのいい匂いから、ケンジはようやく彩子の存在に気付いたのか雑誌を投げ捨てて振り向く。
「え! マジで!?」
「お前じゃねえよ。ボケ、ナス、カス」
「さっきから優くんにだけ優しすぎるんじゃないのかぁ! 俺にデレはないのか!」
「ない」
怒りの矛先を向ける様にケンジはこっちを向く。
「だいたい優くんはメガネの良さを解ってないんだよ、何でそんなに落ち着いていられんだよ! メガネ女子のスッピンバスローブだぞ!」
「なんだそれ、だいたい彩子は今メガネしてないだろ?」
はぁーと、溜息を大きくついて頭を左右に振りお前は解ってないと語ってくる。それをどんどんイカつい軽蔑の目で見下す彩子は『冷たい目』どころではない。
「お前ら本当に面白いな。じゃあ僕も寝るか。ケンジ、スケベも程々にな」
先に階段を上がり空いてるベッドを探す。
1番奥が、モヒカンが使っていて、後頭部を向けて寝ている。うげ! ピンクの抱き枕なんかしてるのか。
反対の奥は、高3がゲームをしている。僕は真ん中ら辺に陣取り、力を抜く。激しい1日だった。
明日は何人落ちるか?
電気を消し、犬の遠吠えを聞いているうちに意識は現実を離れた。