心理戦の100万円アプリ
「あんた本当に適当だなあ。勉強じゃなく、このゲームの様な頭の良さじゃ本当に勝ち組になれないの?」
「なれないよ、僕は勝ってもないけど、負けてる気もしない」
段々お互い敵という前提がこの場で意味を無くして行くのが感じてきて嬉しくなる。
「こーゆーのってさ、考えれば考える程人間が汚く見えるよね」
「それが人間の本性なのかもしれないし、知らないほうが良かったかもしれない」
「周りの同級生がつまらなさすぎるよ。同じ思考で考えたり笑ったりしたいだけなのにさ」
「僕も同じだったよ、1人クールぶってた。でも自分は特別だと思ってた」
「過去形? 変わるの?」
「特別なんかじゃあなかったんだよ、社会に出ても古市君の現状みたいにつまらないんだ」
右手を開き見つめる、自分を。
「じゃあ何を楽しみに生きてるの?」
「人それぞれだけど友達や家族は財産だよ。こんな言葉このゲームに相応しくない言葉だけれどね」
「僕はこれからどうしたらいい?」
「勝手に好きな様に生きるのさ。このゲームも最低だ。それでも優勝して黒幕を叩いてやりたい」
「僕はハッキリいってあのモヒカンに勝てる自信ないよ。突破口がない。アイツとはごめんだね」
「僕はさっき思いついたのだけど正直突破口はある……と言うか使えるかどうかわからないけど」
これだけは苦しい嘘。これ以上古市くんをこのゲームに巻き込みたくない。
「そか、それだけで充分論破されたよーなもんだよ」
「僕を勝たせてくれないか? ポイントをプラス分古市くんに全部あげるから」
「ポイント取るだけ取って勝たせないかもよ?」
「僕もそう言うだろうなって考えてたとこだよ」
僕はケータイを持ちゆっくりと喋りかける。
「古市君にプラス分のポイント全部あげて」
「はいかしこまりました」
アッサリと大金が移動した。
「これで古市君が負けても負債はあんまりないはずだ」
「ほんとにやっちゃったんだ……」
口を開けて古市くんは少し笑う。
「僕の負けだよ、聞こえる? ヒーラーされてお終い」
「はーいお疲れ様でした! ガキはとっとと帰って寝ろ! 渡辺様は明日に向けてゆっくりしていってね」
「古市君、たまにいい人もいるけど人は基本……」
『嘘ばっか!』
ハモって2人でケタケタと笑う。
「じゃあね、絶対勝ってね。あのモヒカン嫌いだし」
「うん、気をつけてな」
あかんべーをして嬉しそうな軽やかな歩みで出ていった。気持ちのいいハートブレイクだったな。
そのまま机に顔を置く。緊張が抜けた今は何も考えずにゆっくりできる。
何時間ゆっくりしたのか、空腹になりキッチンに行き、冷え切ったカレーの残りを1人で食べる。モヒカンは寝てるのか見当たらない。
いつまでものんびりしてられない、シャワーで滝壺の様に頭をひたすら流して、気持ちをリセットさせる。
「ついにここまできたか」
ボソリと独り言をいう。
どう考えてもモヒカンの倒し方が解らない。頭を冷やしてみても思い浮かばない。
シャワーを出て髪を乾かすと、モヒカンと被らない用に女子部屋に行く。ケンジとにメールするが、返ってこない、彩子も同じだ。
頭にこびりつく様に脳裏から、否定否定! と幻覚の様に聞こえる。
ルールを確認したり、ゴロゴロしても浮かばない。こうなるともう頭を休憩させるしかない。
仮眠をとって起きると夜中だった。
外に出て葉っぱなどを触って、独り言を喋る。
「どうやったら勝てる?」
案の定返事なんかある訳がない。部屋に戻り布団に入ると、葉っぱを思い出しながら、理論で黙らせる方法を考えていたが、自信がない。
思えばキャバのハートブレイクから苦労しっぱなしだ。
そして葉っぱだけが画像の様に浮かんで暫くして、突如脳にヤリが刺さって貫通したように気づいた。
アレに賭けるしかない!
ケータイでルールをもう一度確認する。後は、脳を休ませるだけ。
目を閉じると考え事が一切できなくなり、すぐに睡眠独特の気持ち良さが身体から意識へと広がって行く。
ここにきてまた『あの夢』が始まる。
大きな鎖でロックされた扉。僕は開け方を知っている。
透明な手で鍵穴に息を吹きかけると、鎖が千切れゆっくりと開いて行く。
その先には、やはりあの白い美しい球体。今日も触れる事ができないのだろうか。
白い色より美しい物はないと毎度思わされる。ふと自分の透明な手が気になる。
球体に触ると汚してしまうかも、でも僕の手はどうなるの?
ゆっくりと宙に浮かぶ球体を両手ですくうように近づけていく。
怖い、けどもう少し。段々温度が伝わって来る様にとろける安心感を覚えさせられる。
もう少し、もう少し。
指先がついに白い球体に触れた瞬間、身体中に体温を感じると同時に、ぶわぁっと手から全体に僕の身体は白くなった。
身体に急に重りを感じて目が覚める。そうかもう最後だ。
はたして通用しないのか、するのか?
スピーカーが僕が起きるのを確認した様なタイミングで音楽を流し始めた。
「おはよー! お二人さん! お互い合意ができたら個室にお願いします。最後のハートブレイク楽しんでね!」
10分程目を閉じて集中する。後はやることをするだけだ、よし!
着替えて一階に降りると、モヒカンはビールを飲むのを止め、こちらに気づいた。
「いつやるぅ? もう今すぐ始めよーぜ。なんたってラストだからなぁ。ハートブレイクだ」
「よし解った、もう逃げない。勝負だ! 個室に行こう。楽しみだ」
「ふぃひひ、楽しみ? 逆だろ?」
部屋につき、席に着くとモヒカンは直様指を鳴らす。
「これがラストおぉぉぉ! お前! 否定ええええぇ!」
パチンパチン。
僕は無視して、真顔で見つめる。
「無視は減点だぜ? 否定だな! ふぃひひ」
パチンパチン。
僕はそれでも無視をする。
「おいこら! こっち向けよ! 話し聞けよ!」
僕は真っ直ぐ向いたまま微動だにしない。
モヒカンは指も鳴らすのを止め威嚇する様に顔を近づける。
「何か返事しろよお!」
僕はあくびをして耳をほじくる。
(まだだ、もう少し)
「否定だってんだよ! 会話無視は減点だぞ!」
ニヤニヤとして余裕を見せつけるが、僕は一切口を開かない。
「なんだってんだよ! 聞こえてんのか!? 否定! 否定! 会話拒否は減点のはずだ! 何考えてやがる! 否定否定否定否定ー!」
僕はスピーカーを見て部屋に入って初めて口を開く。
「ポイントはどうなってる?」
「モヒカンさんのマイナスです」
「え!」
モヒカンは目線をスピーカーに変えて怒鳴る。
「おい! どういう事だ説明しろ!」
「確かに会話拒否は減点ですが、これは心理戦です。モヒカンさんのほうが精神を乱し、敵の策にはまったと判断しての事です」
「やっと否定の攻撃が敗れたね、もう僕にそれは効かない。してきてもまた無視するからな。随分悩んで、僕のポイントが減り続けるんじゃないかと心配したよ」
僕は机に片腕を起きアゴに手をやり余裕の表情を作って見せると、モヒカンはどかっと腰掛ける。
「ちっ、これ一本で余裕で優勝できると思ったんだがな、まさか何もしない事で破られるとは思わなかった。ふぃひひ、これでまともにガチンコ勝負という訳だ」
するとスピーカーから音楽が流れてボーカロイドが歌う。そして歌い終わると最後の課題を喋り出した。
「モヒカンさんの攻撃で勝負がつくと思っていたのですが、なんと! 渡辺さんが破ってしまいました! おめでとうございます。普通ならここからがスタートラインなはずですが……」
生唾を飲み込み次の言葉に集中する。
「モヒカンさんはポイントが大きくプラスなのと、精神的にもダメージをそんなに受けていません。ずるずる勝負をしてもラストには相応しくないので、課題を用意させてもらいました。課題の内容は」
(なんだ!? どんな課題だ!?)
『相手を笑わせる事です』