心理戦の100万円アプリ

「それができた瞬間に勝負は決まります、自分で笑うぶんには問題ありません。笑わせると、ポイント関係なく勝負がつきます。厳しい内容ですが渡辺さんが勝負をひっくり返すのはこの課題をクリアする必要があります。お互いのハートブレイクが成立していて、勝負の合意を得た瞬間から課題ゲームが始まります。会話内容もそれに従って貰います。制限時間は1時間! それまでに全てを決めて貰います」


「1時間で笑わせる事ができなかったら?」

 モヒカンがスピーカーに近寄る。

「1時間で勝負がつかなかったら、ポイントの高いほうを優勢勝ちという事になります。……では好きに始めて下さい」

 ニヤリと笑うと腰掛けたモヒカンは嬉しそうに声をかけてくる。

「おぃ、渡辺っつったな。もう始めるがいいか?」

「ああ、構わないよ」


「ちょうど9時0秒だ、10時ピッタリに勝負がつくな。ふぃひひ」


 最悪の課題だ。
 この空気で相手を笑わせる事ができるはずがない、確かに笑わせる事も心理戦とも言える。
 けどそれは相手が知らなかったらの話しだ。


 警戒する相手とこの空気では絶対笑わせる事などできやしない。
 モヒカンは1時間ゆっくりして、それだけで優勢勝ちになってしまう!


「俺は笑わないよ? それともお笑いの話しでもするか? ふぃひひ!」


「モヒカン、バンドやってんだろ? 普段どんな生活してるんだ?」


「掃除のバイトで生活して、それでバンドしてたんだよ。なんだよ、笑わせにこないのか?」


 両足を机の上に置いたモヒカンは余裕を見せつける。


「まず笑わせるとしても特殊な空気作らないと絶対無理だしね」

 僕は声に重しでもつけたかの様な低い声で言う。とにかく揺さぶらなければ!


「そりゃそうだ、ハートブレイクも関係ないし、何喋ってもいいぜ?」


「ハートブレイクか……モヒカンはどう考える?」


「楽しいね、壊すのも、癒すのも。
 全部手の上で踊ってる感覚だ」


「この笑わせる勝負、モヒカン合意なんだよな?」


「そうだよ、じゃないと始まらないだろ?」


「優勝したらどうするんだ?」


「遊びまくるね! 何するかは俺も解らねえ」


「モヒカンは俺を笑わせる事ができるか?」

「無理、俺でもこの空気の中は絶対できない」


 やけに時計の針が気になる。
 ちんたら話してても、何もならない。攻め続けるしかない!

「ぺぇー!」


 急に僕は奇声を突然発する。
 モヒカンは鼻くそをほじって机になすりつけている。微動だにしない……。
 やっぱり絶対普通に笑わせるのは無理だな。


「なんでそんな人間になったんだ?」


「実は俺自身が否定されてきた人生だったんだよ。親に否定され、国も、社会も。だからその不条理をバンドで歌いたかった。並大抵の不幸所じゃなかったぜ? だから他の奴を壊したりしたくなるのさ」


「その辛さから考えるようになり出したのか」


「地獄だったぜ? 全員に味あわせてやりたいね」

 モヒカンは舌舐めずりをする。

 時計を見ると早い……もう30分すぎてる! あの時計狂ってるんじゃないのか!?

(仕掛けるか……)


「人の心には鍵の付いたあるドアがある」


「あぁ? なんだよそれ、笑い話しか?」


「例えだけど、聞いた事があるだろ? その向こうに人の本音や心の元がある」


「考え方は人それぞれだが、そんなのプレイヤーなら全員知ってるぜ」


「その先には白い球体があるんだ」


「ふーん、で?」


 鼻くそをほじり続けて話を真剣に聞く気配がないな。


「それを見つけたらヒーラーもスラッシャーも何もかも自由に出来る」


「知ってるよそん位、俺は宝箱が見える気がするよ。で、笑えるオチは?」


「モヒカンの扉を開けて、球体を見つけたら僕の勝ち」


「簡単にそのドアを開けさせるかよバーカ。それが簡単に出来ればこんなゲームないんだよ」


「何言ってるんだ、開けるのはあんただ。自分で開けるね、絶対」



 鼻くそをほじる動きを止めてこちらの視線を合わせてくる。



「それ拒否だな、俺のほうが頭いいもん」


「開けるよ、必ず」



「揺さぶりか、オチないの?」



「モヒカンはどういう時に笑うんだ?」


「直球で聞くなあ、焦りだしたか? ふぃひひ! そりゃ最高の時は俺だって笑うよ」


 モヒカンは笑っているが、僕が笑わせた訳ではない。
 それに笑わせてても、今のくらいじゃ判定が厳しい所だ、くそ!

 時間内に爆笑くらいさせないと勝てない。
 きっとお題はもっと優しかったはずだ。
 ボーカロイドの言う通りモヒカンのプラスポイントが高すぎてこんな無茶な課題になったんだろう。


「モヒカン友達にでもなるか?」

 モヒカンは椅子をギシギシ揺らす。

「きょーーひーーー」

 駄目だ会話するつもりもない!
 万が一くすりとでも笑うつもりはなさそうだ。
 ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ!

 あと20分!


「モヒカンが最近感動したのは!?」

「んーーー、どうだっけ?」

「早く答えろよ!」

「おいおい焦りすぎだぜ? そんなんで笑える空気ができるのかよ? 絶対無理だからもう諦めろよ」



「どんな映画が好きだ!?」


「しつこいねぇ、諦めろって」

 
「お前の幼少期でも当ててやろうか!? どんな思いをしたか」


「おいおい、ヒーラーかスラッシャーする気か? 笑わせないとお前の逆転はねーのぉ、判る? 笑のツボでも探すか?」


「じゃあ賭けをしよう!」


「賭けはナンセンス。俺はもう勝ってるのに勝負する意味がわからないね」

 くそどの手を使っても駄目だ!


「あと10分。さっきから焦りが顔に出てんぞ。ふぃひひ! そろそろ焦って壊れ出すかな?」


「僕はみんなの仇を取らないといけない!」


 うんうんと頷いて、馬鹿にした演技をするモヒカンは動じる気配はまだない。

「そおかあ、残念だなぁ、ラストだから借金うん千万はするだろおなあ、可哀想に」


「俺は負けない!」


「負けない!? どうやって勝つつもりだよ? 今までで1番笑わさせられそうになるような冗談だったわ。お笑い芸人の才能ある
ぜ、お前」


「楽しんで破壊と癒しをするお前なんか否定だ」


 すると耳をピクと動かし、モヒカンが反応する。


「否定? お前、俺を否定すんのか?」


 今までにない強い感情を目の鋭さに変えて睨んでくる。


 あと5分もない!


「ああ、全部否定してやるよ。全部な」


 机の上の足を交差させてまた、モヒカンは感情を引っ込める。あと4分!

「ふん、スラッシャーで少しでも借金を減らしにかかったか。だがその時間ももうないぜ。お前が否定だ」


「あんたの顔、一生忘れない!」


「んー、嬉しいぜえ。俺の事を忘れないでいてくれるなんて」


 モヒカンは時計とケータイの時間を確認し始める。


「くそお! なんかないのか!」


 机を何度も叩き、頭を抱える。


「おいおい、それは心の中で相談してくれ
や。優勝賞金いくらになるのかなあ? ふぃひひ!」


「お前が優勝したら刺してでも止めてやる!」


 僕は必死に食らいつくが、もう為す術がない。


「そんなのすぐ潜んでいるスーツに止められて否定だな」


「ない! ない! 笑わせる要素が見つからない!」



「ふぃひひ! もう一分ねえぞ! えぇ!? 笑わせてこないのか?」


「うわああああ! くそ! くそ! ここまできたのに! なんでなんだ! くそお!」


「ふん、ついに壊れたな」


 机の脚を思い切り蹴飛ばすと机に顔をうずめて、頭を掻きむしる。


「なんでだ! 終わるのか!?」


 モヒカンは黙って足を下ろすと、10時を確認をして、ケータイの時間も確認する。




 ゲームオーバーだ。




 モヒカンは30秒程時間を置くと、立ち上がり天井を向き両手を広げた。


「ふぃひひはははははは! やったぜ! 優勝だ! 金だ! ふぃひひはははははは!」


 僕はがばっと起き上がり人差し指を向ける。


『バン!』


「勝った、扉を開けたね?」


「は? 何いっちゃってんの? 俺の優勝だよお!」


 するとスピーカーからボーカロイドの曲が流れ、放送が始まる。



「1時間以内にモヒカンさんが笑わされて、モヒカンさんゲームオーバーとなりました。渡辺さんおめでとうございます!」


「は!? ちょっと待てよ! 優勝は俺だろおが! 説明しろ!」


 モヒカンはスピーカーを両手の血管を浮かせながら掴む。


「今回の課題は何時間ですか?」


「1時間だ!」


「始まる条件は?」

「お互いハートブレイクしてから、課題の勝負に同意してからだ!」

「正解です。ではハートブレイクはいつ成立しましたか?」

「個室に入る前だ! だからその後キチンと課題の勝負の時間を確認した!」


「モヒカンさん、実は渡辺さんはハートブレイクしていませんでした。渡辺さんは勝負をするとだけ言いました。そしてモヒカンさんが9時と思い込み課題を勝手にスタートしました。そしてしばらく経ってからようやく渡辺さんが、ハートブレイクを口に出し勝負の同意を確かめました。正解には9時7分に『笑わせる』課題が始まりました」


 スピーカーを掴みながら顔だけ唾を垂らしながら目を大きく見開きこっちを向く。


「そんな馬鹿な! おい! お前課題を知っていたのか!?」


「知らなかったよ。でも時間をずらせば何かしらの課題が出たら利用しようと思っていただけだ。時間のズレを完全にして、それを勝利に繋げるためには最初だけが僕にとっての山場だった。後は最後笑ってくれるシチュエーションをお膳立てするだけ。勝利と確信して静かに喜ばれていたらアウトだった。よくもまああれだけ騒いで笑ってくれたね。ありがとう」


 自分のコメカミに右手で作ったピストルを向けた。


「馬鹿な! 絶対あり得ねえ!」


 モヒカンは掴んでいたスピーカーから手を放し、飾られてる花瓶を跳ね除け豪勢な音を立て割った。


「個室に誘うために、ハートブレイクの確認を怠るほどの傲慢が、モヒカンの敗因だ。後は追い詰められた演技を悟られない様に自分でも心の中で本気で負けを覚悟していたんだ。ではモヒカン……いや山本慎吾さん。サヨナラ」



 モヒカンは口を大きくあけ、唾を散らしながら掴みかかってきた!


「嘘だ! 俺が負けるはずがねえ! なんか不正したんだろ!? そうだ! 絶対不正だ!」



 するとスーツの男が三人鍵を開けて入ってくると、モヒカンを抑え出した。

 三人に抑えられても、僕に手を伸ばし必死に叫ぶ!!

「渡辺ーーー! 俺は負けてない! 聞いてるのか! おい! 渡辺ーー! 渡辺ーーー!!」



 僕はそっとドアを閉めてそこから離れた。


 中央応接間で、タバコに火を着けて煙を吐き出し、眉を寄せて気を引き締める。

(まだ終わってない!)


 運営のスーツの男がやってきて、アッシュケースを開けて、ビッシリと詰められた現金を出して頭を下げる。

「おめでとうございます、渡辺優様。賞金5000万円になります」


 タバコを灰皿に投げ捨てると、差し出されたアタッシュケースを下から思い切り蹴り上げた。


 100万円の札束がアタッシュケースと共に宙を舞う。


「いらねぇ、この金で黒幕のトップ出せよ。そいつにハートブレイクだ!」
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