心理戦の100万円アプリ
車椅子の面屋大輔
「いらっしゃい。待ってましたよ」
中にはまだ1人の様子だ。音に気づいた車椅子の男が、やってくると握手を求めてくる。
空の様な澄んだ瞳の笑顔が、警戒心を上回り「いい人」と印象させられ、握手に何も考えずに対応してしまう。
「面屋大輔です、よろしく。疲れたでしょう? 晩御飯が出来てるから机に座って」
Uターンする男は、車椅子をこぎ右側にあるキッチンに移動する。呆然と立つ僕をのけて、モヒカンが靴を脱ぎ中に一番乗りする。
「車椅子で出迎えかい。それで油断する馬鹿なんかいない。早く勝負しようぜ」
左側に、木でできた丸い大きな机の、切株風の椅子に腰かけるといつもの調子で、車椅子男を睨む。初対面ならこれだけでかなりボロが出る。表情、警戒心。
だが、面屋という車椅子の男はモヒカンの前に行くとあの顔で握手を求める。
「勝負はいつでもできる。とりあえず疲れを取った方がいいですよ。面屋です」
モヒカンはその手を乱暴に叩き落として攻撃をやめない。
「なんだその笑顔は。うさんくさすぎるんだよ、本当に障がいで車椅子かどうかも怪しいね」
おいおい、もう始めるのか。
目が離せないやり取りに息を詰めた所に後ろからケンジが割り込み、続いて彩子も靴を脱いで中に入る。
「寒いよ優くん、入り口に突っ立ってないで早く中に行こう。寒すぎる」
「優くん、レディファーストが出来ないとモテないわよ。あら、もう修羅場?」
手を摩ると、自分の足を見る面屋は動揺した様子もなく、そのままかがむとズボンを片方めくる。
「じゃあ好きに確認して。どんなに痛めつけても足は何も感じないから」
モヒカンはズボンからライターを取り出す。
「じゃあ足、炙るぜ。〝どんなに〟痛めつけてもいいんだろ?」
「どうぞ、その代わり証明ができたら食事を取って今日は休んで下さい」
右足の踵を持ち上げると『カチ、カチ』と音を立て、炎をうねらせるライターが面屋の足のスネに近づく。
モヒカンは顔の表情を一瞬でも動こうものならと、観察する様に睨み続ける。
面屋という男の身になると思うとゾッとする。
痛くないと言ってもやられている事は最早拷問。焦らして近づく炎は、精神を擦り減らすだろう。
「何やってんのよ! やめなさい!」
彩子のかん高い声が響いて、三秒程目線を合わせて硬直した2人だったが、モヒカンは、「ケッ」と面屋の足を手放した。
「決まりです、ご飯にしましょう。そちらの三人もどうぞ中に入って暖まって下さい」
車椅子の向きを変えて、キッチンに向かう面屋という男。あんな事が起こったのに全くという程何も解らない、読めない。多分相当強いな。
10席あるうち、モヒカンの反対側に当たる3席にケンジと彩子と座る。
ハートブレイクだったら今のはモヒカンのマイナス。
あれから姿勢は崩したもののモヒカンの目線だけはずっとあの男に向けられたまま。
「シチュー? シチューの匂いがする!」
腰かけたと思ったらすぐにケンジはキッチンを振り向く。
後姿でシチューに火をつける面屋はかき混ぜながら、やはりここでも声のトーンを変えずにケンジに声をかける。
「お腹減ってる? 僕の手作りで申し訳ないけど温めるだけですぐ出来上がるから待ってて」
彩子も面屋を目を細めて観察している。ここまで何もない事が、逆に変だ。
僕は立ち上がるとキッチンに向かう。
「手伝うよ、大変だろ」
「ありがとう、お皿を四枚取ってくれると嬉しいな」
今までのハートブレイクと違う、空気を支配されている感じが否めない。
すぐ横にある、用意された“四枚”の皿を取り、そのうちの1枚を渡す。
「渡辺優だよ、挨拶が遅れてごめんね。他のプレイヤーは? 後から来るの?」
少し低めの車椅子の人にも届くコンロの鍋から皿にシチューをよそいながら、面屋の目線は湯気を見つめているように見える。
「渡辺さん、他の3人はもう来ていてご飯を済ませて二階の部屋で休んでるんです。これで全員です」
「悪いな、皿が1枚足らない。もう1人来るんだ」
面屋はよそう手を止めて、解りきったウソだと僕の顔をようやく怪しい笑みで見る。
「やっぱりな。なんで皿が4枚用意してあるんだ? こっちは人数なんか知らされていない、同じ立場なら何かあるだろう。面屋さんはアプリ側の人間か」
始めて笑顔を崩した表情を見るが、すぐにまたシチューをよそい始める。
「こっちはアプリから、8人って知らされていたから」
「不公平だな、アプリはそっちを応援してるの?」
よそい終わった皿を受け取り、横の小さな車椅子用の高さの机に置くと、また皿を1枚渡す。
「こっちもよく解らないんだ。渡辺さんは地区大会の優勝者?」
「いや、あそこのモヒカン頭。僕は4番目って所。全員僕より強いよ」
二枚目の皿をシチューを入れて返すと笑顔を作る。
「嘘はいけませんよ、渡辺さん。モヒカンさんが優勝しているのなら、さっきのやり取りを見た後で僕に嘘をついて揺さぶる勇気なんかないはずだ。二枚運んで貰えますか?」
「……どうも、運んでくるね」
モヒカンの前にスプーンと一緒に置くが、モヒカンはまだ面屋を睨んだまま。そのまま四人にシチューが渡ると、席に着く。
面屋が遅れて何も置かれていない机に車椅子をロックして固定する。
「美味しくないかもしれないけど、お代わりは沢山あるから。トイレ、シャワー、洗面台は一階。二階には円状の廊下に1〜8の番号の部屋があるので4までで好きに使ってゆっくり休んで下さい」
ケンジはシチューにまだ手を付けずに面屋を指差した。
「あんた、ミス犯したね。しかも決定的な」
「え」
アプリ側の人間の疑い以外どこにもミスなんか見当たらなかっただけに、面屋も思わず声を出してしまった様だ。
「シチューだ……。俺がそんな小さな鍋で満腹すると思ったのか?」
モヒカンがシチューを食べ始めて、彩子と僕は頭を抱える。
「どう? 優くんみたいにカッコよかったでしょ?」
お腹を抱えて面屋は笑い出した。
「笑ってごめん、ツボだ。冷蔵庫にまだ沢山食料はあるから好きに食べて。僕は先に寝る事にするね」
階段に向かうと、二階から舞踏会仮面をつけたスーツ男が降りて来ると、器用に車椅子に乗せたまま面屋を二階に運んで行った。
「失礼な奴だったね、普通足らないって言ったら新しく作るでしょ」
ケンジを無視してシチューを1番に完食すると、皿を洗うと、このコテージを調べに行く事にした。
キャンプ場なら何処にでもありそうな、木で作られた物ばかりのシンプルな建物。
車椅子専用の造りがなされている。
残り3人の顔は見れずか、面屋が団体の1番強いやつならいいが。
1番下なら相当ヤバイ。勝ち残るのは何人までだ? アプリは動く様子もないし、明日からか、シャワーは今朝浴びたしもう寝るか。
少しのやり取りで思った以上に疲れた。
「1番の部屋に先に寝るから」
カチャカチャ音を立てて食べるケンジ以外の2人は考えながらなのか、まだ残していてゆっくり食べていて、反応がない。
この緊張感はハートブレイク独特な物だ、心臓を常に鷲掴みにされている気分にさせられる。明日は寝る事すら出来ないかもしれないから、十分に休む事だな。
二階に上がり、1番と書かれたドアを開ける。寝るためだけに用意された様な殺風景な部屋。
ケータイに充電器を差し込むと、ダウンを脱いでベッドに包まり目を閉じた。
明日はきっと今まで以上にハードになるな。
中にはまだ1人の様子だ。音に気づいた車椅子の男が、やってくると握手を求めてくる。
空の様な澄んだ瞳の笑顔が、警戒心を上回り「いい人」と印象させられ、握手に何も考えずに対応してしまう。
「面屋大輔です、よろしく。疲れたでしょう? 晩御飯が出来てるから机に座って」
Uターンする男は、車椅子をこぎ右側にあるキッチンに移動する。呆然と立つ僕をのけて、モヒカンが靴を脱ぎ中に一番乗りする。
「車椅子で出迎えかい。それで油断する馬鹿なんかいない。早く勝負しようぜ」
左側に、木でできた丸い大きな机の、切株風の椅子に腰かけるといつもの調子で、車椅子男を睨む。初対面ならこれだけでかなりボロが出る。表情、警戒心。
だが、面屋という車椅子の男はモヒカンの前に行くとあの顔で握手を求める。
「勝負はいつでもできる。とりあえず疲れを取った方がいいですよ。面屋です」
モヒカンはその手を乱暴に叩き落として攻撃をやめない。
「なんだその笑顔は。うさんくさすぎるんだよ、本当に障がいで車椅子かどうかも怪しいね」
おいおい、もう始めるのか。
目が離せないやり取りに息を詰めた所に後ろからケンジが割り込み、続いて彩子も靴を脱いで中に入る。
「寒いよ優くん、入り口に突っ立ってないで早く中に行こう。寒すぎる」
「優くん、レディファーストが出来ないとモテないわよ。あら、もう修羅場?」
手を摩ると、自分の足を見る面屋は動揺した様子もなく、そのままかがむとズボンを片方めくる。
「じゃあ好きに確認して。どんなに痛めつけても足は何も感じないから」
モヒカンはズボンからライターを取り出す。
「じゃあ足、炙るぜ。〝どんなに〟痛めつけてもいいんだろ?」
「どうぞ、その代わり証明ができたら食事を取って今日は休んで下さい」
右足の踵を持ち上げると『カチ、カチ』と音を立て、炎をうねらせるライターが面屋の足のスネに近づく。
モヒカンは顔の表情を一瞬でも動こうものならと、観察する様に睨み続ける。
面屋という男の身になると思うとゾッとする。
痛くないと言ってもやられている事は最早拷問。焦らして近づく炎は、精神を擦り減らすだろう。
「何やってんのよ! やめなさい!」
彩子のかん高い声が響いて、三秒程目線を合わせて硬直した2人だったが、モヒカンは、「ケッ」と面屋の足を手放した。
「決まりです、ご飯にしましょう。そちらの三人もどうぞ中に入って暖まって下さい」
車椅子の向きを変えて、キッチンに向かう面屋という男。あんな事が起こったのに全くという程何も解らない、読めない。多分相当強いな。
10席あるうち、モヒカンの反対側に当たる3席にケンジと彩子と座る。
ハートブレイクだったら今のはモヒカンのマイナス。
あれから姿勢は崩したもののモヒカンの目線だけはずっとあの男に向けられたまま。
「シチュー? シチューの匂いがする!」
腰かけたと思ったらすぐにケンジはキッチンを振り向く。
後姿でシチューに火をつける面屋はかき混ぜながら、やはりここでも声のトーンを変えずにケンジに声をかける。
「お腹減ってる? 僕の手作りで申し訳ないけど温めるだけですぐ出来上がるから待ってて」
彩子も面屋を目を細めて観察している。ここまで何もない事が、逆に変だ。
僕は立ち上がるとキッチンに向かう。
「手伝うよ、大変だろ」
「ありがとう、お皿を四枚取ってくれると嬉しいな」
今までのハートブレイクと違う、空気を支配されている感じが否めない。
すぐ横にある、用意された“四枚”の皿を取り、そのうちの1枚を渡す。
「渡辺優だよ、挨拶が遅れてごめんね。他のプレイヤーは? 後から来るの?」
少し低めの車椅子の人にも届くコンロの鍋から皿にシチューをよそいながら、面屋の目線は湯気を見つめているように見える。
「渡辺さん、他の3人はもう来ていてご飯を済ませて二階の部屋で休んでるんです。これで全員です」
「悪いな、皿が1枚足らない。もう1人来るんだ」
面屋はよそう手を止めて、解りきったウソだと僕の顔をようやく怪しい笑みで見る。
「やっぱりな。なんで皿が4枚用意してあるんだ? こっちは人数なんか知らされていない、同じ立場なら何かあるだろう。面屋さんはアプリ側の人間か」
始めて笑顔を崩した表情を見るが、すぐにまたシチューをよそい始める。
「こっちはアプリから、8人って知らされていたから」
「不公平だな、アプリはそっちを応援してるの?」
よそい終わった皿を受け取り、横の小さな車椅子用の高さの机に置くと、また皿を1枚渡す。
「こっちもよく解らないんだ。渡辺さんは地区大会の優勝者?」
「いや、あそこのモヒカン頭。僕は4番目って所。全員僕より強いよ」
二枚目の皿をシチューを入れて返すと笑顔を作る。
「嘘はいけませんよ、渡辺さん。モヒカンさんが優勝しているのなら、さっきのやり取りを見た後で僕に嘘をついて揺さぶる勇気なんかないはずだ。二枚運んで貰えますか?」
「……どうも、運んでくるね」
モヒカンの前にスプーンと一緒に置くが、モヒカンはまだ面屋を睨んだまま。そのまま四人にシチューが渡ると、席に着く。
面屋が遅れて何も置かれていない机に車椅子をロックして固定する。
「美味しくないかもしれないけど、お代わりは沢山あるから。トイレ、シャワー、洗面台は一階。二階には円状の廊下に1〜8の番号の部屋があるので4までで好きに使ってゆっくり休んで下さい」
ケンジはシチューにまだ手を付けずに面屋を指差した。
「あんた、ミス犯したね。しかも決定的な」
「え」
アプリ側の人間の疑い以外どこにもミスなんか見当たらなかっただけに、面屋も思わず声を出してしまった様だ。
「シチューだ……。俺がそんな小さな鍋で満腹すると思ったのか?」
モヒカンがシチューを食べ始めて、彩子と僕は頭を抱える。
「どう? 優くんみたいにカッコよかったでしょ?」
お腹を抱えて面屋は笑い出した。
「笑ってごめん、ツボだ。冷蔵庫にまだ沢山食料はあるから好きに食べて。僕は先に寝る事にするね」
階段に向かうと、二階から舞踏会仮面をつけたスーツ男が降りて来ると、器用に車椅子に乗せたまま面屋を二階に運んで行った。
「失礼な奴だったね、普通足らないって言ったら新しく作るでしょ」
ケンジを無視してシチューを1番に完食すると、皿を洗うと、このコテージを調べに行く事にした。
キャンプ場なら何処にでもありそうな、木で作られた物ばかりのシンプルな建物。
車椅子専用の造りがなされている。
残り3人の顔は見れずか、面屋が団体の1番強いやつならいいが。
1番下なら相当ヤバイ。勝ち残るのは何人までだ? アプリは動く様子もないし、明日からか、シャワーは今朝浴びたしもう寝るか。
少しのやり取りで思った以上に疲れた。
「1番の部屋に先に寝るから」
カチャカチャ音を立てて食べるケンジ以外の2人は考えながらなのか、まだ残していてゆっくり食べていて、反応がない。
この緊張感はハートブレイク独特な物だ、心臓を常に鷲掴みにされている気分にさせられる。明日は寝る事すら出来ないかもしれないから、十分に休む事だな。
二階に上がり、1番と書かれたドアを開ける。寝るためだけに用意された様な殺風景な部屋。
ケータイに充電器を差し込むと、ダウンを脱いでベッドに包まり目を閉じた。
明日はきっと今まで以上にハードになるな。