心理戦の100万円アプリ
愛こそ全て *最終話*
メガネを丹念に拭き、彩子が席に座り、小声でハートブレイクと囁いて、少し時間を置く間にケンジも姿勢正しく真っ直ぐ彩子を見る。
「もう、死ぬ事でしか決着は考えられないのね?」
「うん、楽しかった」
「もし母親に受け入れられたらどうするの?」
「輪廻転生さ、生まれ変わってそこから本当の俺の人生が始まるんだ。調べたら再婚して子供もいて、それはなさそうだけどね」
「うまくいかなかった時の事が論点ね、この4人、Edenの人もいる。ずっと一緒にいられる証明ができればいいのね? 私がどれほど……」
笑顔であの無邪気な笑顔を作ったケンジは言葉を遮る。
「彩子、優くんが好きでしょ?」
「何よ、それは今関係ないじゃない」
「指輪だよ。彩子はそれが鎖みたいになってるんじゃない? その人が1人きりになるのは寂しいだろうって考えだよ。それさえ解決できたらきっと2人は上手くいく。いいか? 彩子は解りやすい愛情表現してるけど、伝わってないんだ。理屈で考える優くんには何も考えないでそのまま気持ちを言うんだ。それに彩子にもう惚れてる『確信』があるんだ。告白しちゃいなよ、手伝うよ」
黙って怒ったようにケンジを睨み彩子はボソリと口を開く。
「優くんから聞いたの?」
「聞いてないよ。性格と今までの発言からそれくらい予測できるよ。結婚したらさ、報告しにきてよ。でもまだそれは実現しても、愛が永遠になった訳じゃない。2人が死んでそれまでに沢山の笑顔があったら、それは永遠なのかも知れない。もう過去にはこだわらない方がいい、気を使う優くんは指輪の事で彩子を無意識に女性として見ないようにしてる」
彩子がいい返さないのはケンジが最期の言葉としての覚悟を感じるからだろう。
「約束してくれ、この先どんな人生でも沢山笑う事。俺の永遠を賭ける、死ぬ気なんだ、嘘じゃない。彩子が言いかけたこの四人の絆、僕も信じてる。裏切る事もなく仲間である事を貫く、勝手に思い込む事となっても。もっと早く会いたかったな。彩子俺も愛してるよ……ありがとう」
ケンジは暖かい笑顔で彩子に寄り、両手で包み込んだ。
「ボケ、ナス、カス……死ぬとか言わないでよ」
涙が止まらない顔を両手で覆うケンジは目を瞑る。
「ゴメン、彩子。それだけは変えられない」
攻められる事なんて考えてなく、無防備に挑んだ彩子は僕の隣の席に座り、強く握っているであろう手を震わせる。
「優くん、私じゃ無理だった。ケンジを助けてあげて。本当に死ぬ気よ」
「うん」
本当に死ぬ気の人間の気持ちなんて簡単に変えられる訳がない、逆に彩子はヒーラーされている。
ケンジという人間がこんなに懐が深かったのか。
「ハートブレイク」
いつの間にかソファに座っているモヒカンの宣言。ケンジもハートブレイクと受ける。
「茶髪ぅ、トランプやらねーのか?」
「トランプに固執してたのは、自分の思考を隠す為さ。もう無意味だよ」
ケンジの表情は柔らかく、モヒカンのイかれた顔も慣れてくると今は無表情に近いのが解る。
「ケッ、出されたお題が『神、自殺、笑わせる、幸福論、嘘』か。結局この最後のハートブレイクに全部必要な事で試されてたって訳か」
「違うよ、このハートブレイクにはそれは必要ない」
「解ってるよ。神や宗教に頼る思考ではこの勝負では役に立たない。お前は幸福になるために考えて人を笑わせる性格になった、そして自殺まで覚悟している。……俺らに嘘ついてまでな。それを踏まえた上でのパーフェクトを求めてんだろ?」
目を閉じて、数秒考えた様な間隔をあけてケンジはゆっくりと頷く。
「俺も母親はいねえ、でも負けない。自分を否定したら終わりだ、バンドが成功するまで諦めない。それこそ永遠に」
「応援するよ、モヒカン優しいもんね。歌詞に少しその優しさを入れるとすぐ売れると思う」
『パチン、パチン』
モヒカンの指鳴らし、もう終盤を意味してるな。ほぼ答えは出尽くしてるから決着は早い。
「俺のバンドはいいんだよ、茶髪ぅ……。お前自分に甘えすぎなんだよ、なんで他の道を考えねえ、小さいんだよ。死ぬ度胸があるなら望み通り今すぐ殺してやる。どうせ死ぬ気もハッタリなのが99%だしな」
「その小ささが俺の世界の全てさ、モヒカンの世界観を押し付けても仕方がない。でもそれらは全て正しい、納得はしないけどそれを『答え』とするのなら、今すぐパーフェクトスラッシャーとして僕を殺してくれ」
ケンジは立ち上がり、抜き身の短刀を手にとるとモヒカンに渡す。
「5秒あげる、それまでにザックリ殺して」
モヒカンは立ち上がり、目を睨みながらスッとケンジの左胸を刺し、グリグリ少しずつ奥へ押し込み、血がケンジの白いパーカーを滲ませていく。
「3……4……終わり。ほらね、駆け引きじゃ人を殺める事なんてできないんだよ。モヒカンの負けだよ、理屈も命の前では無意味さ」
短刀を落としてこちらの席に戻ってくるモヒカンは、無表情の一言だ。アッサリに見えてモヒカンは1番確信に近づいたはず。短刀がわざわざ用意されたんだ、必要である事とこのやり方では駄目だと教えてくれたのか。
「馬鹿が、母親の事くらいで……。勝手に死ねばいいんだよ。あれじゃ何言っても無駄だ」
ずっと辛かったんだな、1人だったんだな、相談できる相手すらいなくて孤独だったんだよな、ケンジ。
ケンジがこっちをじっと見つめている。……解ったよ。行くよ、今楽にしてやる。
「最後だね、優くん。ハートブレイクだ」
「ハートブレイク」
さっきの先端に血がついた短刀を拾って、じいっと見つめる。
「……優くんも刺してみる?」
「ケンジ、どんな理屈を並べても駄目なんだろ? 神がいるのか? と同じで答えがない」
「ないよ」
短刀を取りケンジの手に握らせると、ケンジは僕の表情を今日初めて驚いた顔で見る。
「お前が作れよ、パーフェクト。一緒に死んでやるが答えだが、証明出来なきゃ負け。理屈では無理だ、今すぐ僕を殺せ。でなきゃ死を語るな」
「出来ないと思ってんの? アイスピックとは訳が違うよ? 試しになんてやらないよ。本当に殺すよ。本当に死ぬ気の俺には怖い物なんてない。死ぬ間際に後悔した表情一つでもすれば俺の勝ち」
冷たい……。さっきまでのハートブレイクとは違う、やっぱりこれが核心か。ケンジの問題の根底に近付いた証拠だ、ヒーラーから一転して自分の気持ちなんか解るはずがないとムキになっている。
『助けるなんて言ってて本当は誰も命を賭けてまで本気になってくれる筈がない』これがケンジの人生においての結論、ここにきてそれを覆す様な事を今認める訳にはいかないんだろ?
やっとケンジの本音と哀しさに辿りついた。
「本当に殺しに来ないと、僕の一緒に死んでやるって答えは証明出来ない、それをした瞬間にケンジの負けは確定だ」
こいつの為に死んでやるのも悪くない、他の方法や逃げ道を探すからいつまで経っても対等に並べない。
命を賭けるんじゃ駄目だ、捨てないと意味がない、今のケンジなら本当に殺してくるな。
その覚悟ならある。
何分経ったか、1分も経ってないのか、誰かが声を出そうとした瞬間だった。
「やめ……」
ケンジが両手で握った短刀を大きく右後ろの腰横に振った後、腹に電流が走った気がした。
「熱っ」
熱いと感じながら痛みが全然こないと思った刹那に人生で経験した事がない痛みが全身を支配して、倒れ込む。
「ひゅ……ひゅ……」
汗が全身から吹き出し、呼吸が苦しくなり全ての思考が痛みに支配される。
ケンジが短刀を後ろに投げ捨て、冷たく僕を見下ろす。
彩子と丸山さんが口を大きく上げて走ってくる。
刺されたのが腹だからか意識は少し朦朧とするが途切れてはいない。
彩子が抱きかかえる様に僕の名前を叫ぶが、僕は懸命にケンジの目を見続ける。
「よけろよ……。あんなに大きく振りかぶったんだぞ。そういう所が大嫌いなんだよ」
涙を流し、ケンジの足を掴んだ彩子が声を震わせる。
「……あんた、優くんが今与えた事が何か解ってないの?」
「なんだよ彩子。教えてくれよ」
彩子はそっと僕から手を離すと、立ち上がりケンジの頬を平手で打ち抜いた。
『パン!』
「愛以外何があんのよ!」
「もう、死ぬ事でしか決着は考えられないのね?」
「うん、楽しかった」
「もし母親に受け入れられたらどうするの?」
「輪廻転生さ、生まれ変わってそこから本当の俺の人生が始まるんだ。調べたら再婚して子供もいて、それはなさそうだけどね」
「うまくいかなかった時の事が論点ね、この4人、Edenの人もいる。ずっと一緒にいられる証明ができればいいのね? 私がどれほど……」
笑顔であの無邪気な笑顔を作ったケンジは言葉を遮る。
「彩子、優くんが好きでしょ?」
「何よ、それは今関係ないじゃない」
「指輪だよ。彩子はそれが鎖みたいになってるんじゃない? その人が1人きりになるのは寂しいだろうって考えだよ。それさえ解決できたらきっと2人は上手くいく。いいか? 彩子は解りやすい愛情表現してるけど、伝わってないんだ。理屈で考える優くんには何も考えないでそのまま気持ちを言うんだ。それに彩子にもう惚れてる『確信』があるんだ。告白しちゃいなよ、手伝うよ」
黙って怒ったようにケンジを睨み彩子はボソリと口を開く。
「優くんから聞いたの?」
「聞いてないよ。性格と今までの発言からそれくらい予測できるよ。結婚したらさ、報告しにきてよ。でもまだそれは実現しても、愛が永遠になった訳じゃない。2人が死んでそれまでに沢山の笑顔があったら、それは永遠なのかも知れない。もう過去にはこだわらない方がいい、気を使う優くんは指輪の事で彩子を無意識に女性として見ないようにしてる」
彩子がいい返さないのはケンジが最期の言葉としての覚悟を感じるからだろう。
「約束してくれ、この先どんな人生でも沢山笑う事。俺の永遠を賭ける、死ぬ気なんだ、嘘じゃない。彩子が言いかけたこの四人の絆、僕も信じてる。裏切る事もなく仲間である事を貫く、勝手に思い込む事となっても。もっと早く会いたかったな。彩子俺も愛してるよ……ありがとう」
ケンジは暖かい笑顔で彩子に寄り、両手で包み込んだ。
「ボケ、ナス、カス……死ぬとか言わないでよ」
涙が止まらない顔を両手で覆うケンジは目を瞑る。
「ゴメン、彩子。それだけは変えられない」
攻められる事なんて考えてなく、無防備に挑んだ彩子は僕の隣の席に座り、強く握っているであろう手を震わせる。
「優くん、私じゃ無理だった。ケンジを助けてあげて。本当に死ぬ気よ」
「うん」
本当に死ぬ気の人間の気持ちなんて簡単に変えられる訳がない、逆に彩子はヒーラーされている。
ケンジという人間がこんなに懐が深かったのか。
「ハートブレイク」
いつの間にかソファに座っているモヒカンの宣言。ケンジもハートブレイクと受ける。
「茶髪ぅ、トランプやらねーのか?」
「トランプに固執してたのは、自分の思考を隠す為さ。もう無意味だよ」
ケンジの表情は柔らかく、モヒカンのイかれた顔も慣れてくると今は無表情に近いのが解る。
「ケッ、出されたお題が『神、自殺、笑わせる、幸福論、嘘』か。結局この最後のハートブレイクに全部必要な事で試されてたって訳か」
「違うよ、このハートブレイクにはそれは必要ない」
「解ってるよ。神や宗教に頼る思考ではこの勝負では役に立たない。お前は幸福になるために考えて人を笑わせる性格になった、そして自殺まで覚悟している。……俺らに嘘ついてまでな。それを踏まえた上でのパーフェクトを求めてんだろ?」
目を閉じて、数秒考えた様な間隔をあけてケンジはゆっくりと頷く。
「俺も母親はいねえ、でも負けない。自分を否定したら終わりだ、バンドが成功するまで諦めない。それこそ永遠に」
「応援するよ、モヒカン優しいもんね。歌詞に少しその優しさを入れるとすぐ売れると思う」
『パチン、パチン』
モヒカンの指鳴らし、もう終盤を意味してるな。ほぼ答えは出尽くしてるから決着は早い。
「俺のバンドはいいんだよ、茶髪ぅ……。お前自分に甘えすぎなんだよ、なんで他の道を考えねえ、小さいんだよ。死ぬ度胸があるなら望み通り今すぐ殺してやる。どうせ死ぬ気もハッタリなのが99%だしな」
「その小ささが俺の世界の全てさ、モヒカンの世界観を押し付けても仕方がない。でもそれらは全て正しい、納得はしないけどそれを『答え』とするのなら、今すぐパーフェクトスラッシャーとして僕を殺してくれ」
ケンジは立ち上がり、抜き身の短刀を手にとるとモヒカンに渡す。
「5秒あげる、それまでにザックリ殺して」
モヒカンは立ち上がり、目を睨みながらスッとケンジの左胸を刺し、グリグリ少しずつ奥へ押し込み、血がケンジの白いパーカーを滲ませていく。
「3……4……終わり。ほらね、駆け引きじゃ人を殺める事なんてできないんだよ。モヒカンの負けだよ、理屈も命の前では無意味さ」
短刀を落としてこちらの席に戻ってくるモヒカンは、無表情の一言だ。アッサリに見えてモヒカンは1番確信に近づいたはず。短刀がわざわざ用意されたんだ、必要である事とこのやり方では駄目だと教えてくれたのか。
「馬鹿が、母親の事くらいで……。勝手に死ねばいいんだよ。あれじゃ何言っても無駄だ」
ずっと辛かったんだな、1人だったんだな、相談できる相手すらいなくて孤独だったんだよな、ケンジ。
ケンジがこっちをじっと見つめている。……解ったよ。行くよ、今楽にしてやる。
「最後だね、優くん。ハートブレイクだ」
「ハートブレイク」
さっきの先端に血がついた短刀を拾って、じいっと見つめる。
「……優くんも刺してみる?」
「ケンジ、どんな理屈を並べても駄目なんだろ? 神がいるのか? と同じで答えがない」
「ないよ」
短刀を取りケンジの手に握らせると、ケンジは僕の表情を今日初めて驚いた顔で見る。
「お前が作れよ、パーフェクト。一緒に死んでやるが答えだが、証明出来なきゃ負け。理屈では無理だ、今すぐ僕を殺せ。でなきゃ死を語るな」
「出来ないと思ってんの? アイスピックとは訳が違うよ? 試しになんてやらないよ。本当に殺すよ。本当に死ぬ気の俺には怖い物なんてない。死ぬ間際に後悔した表情一つでもすれば俺の勝ち」
冷たい……。さっきまでのハートブレイクとは違う、やっぱりこれが核心か。ケンジの問題の根底に近付いた証拠だ、ヒーラーから一転して自分の気持ちなんか解るはずがないとムキになっている。
『助けるなんて言ってて本当は誰も命を賭けてまで本気になってくれる筈がない』これがケンジの人生においての結論、ここにきてそれを覆す様な事を今認める訳にはいかないんだろ?
やっとケンジの本音と哀しさに辿りついた。
「本当に殺しに来ないと、僕の一緒に死んでやるって答えは証明出来ない、それをした瞬間にケンジの負けは確定だ」
こいつの為に死んでやるのも悪くない、他の方法や逃げ道を探すからいつまで経っても対等に並べない。
命を賭けるんじゃ駄目だ、捨てないと意味がない、今のケンジなら本当に殺してくるな。
その覚悟ならある。
何分経ったか、1分も経ってないのか、誰かが声を出そうとした瞬間だった。
「やめ……」
ケンジが両手で握った短刀を大きく右後ろの腰横に振った後、腹に電流が走った気がした。
「熱っ」
熱いと感じながら痛みが全然こないと思った刹那に人生で経験した事がない痛みが全身を支配して、倒れ込む。
「ひゅ……ひゅ……」
汗が全身から吹き出し、呼吸が苦しくなり全ての思考が痛みに支配される。
ケンジが短刀を後ろに投げ捨て、冷たく僕を見下ろす。
彩子と丸山さんが口を大きく上げて走ってくる。
刺されたのが腹だからか意識は少し朦朧とするが途切れてはいない。
彩子が抱きかかえる様に僕の名前を叫ぶが、僕は懸命にケンジの目を見続ける。
「よけろよ……。あんなに大きく振りかぶったんだぞ。そういう所が大嫌いなんだよ」
涙を流し、ケンジの足を掴んだ彩子が声を震わせる。
「……あんた、優くんが今与えた事が何か解ってないの?」
「なんだよ彩子。教えてくれよ」
彩子はそっと僕から手を離すと、立ち上がりケンジの頬を平手で打ち抜いた。
『パン!』
「愛以外何があんのよ!」