心理戦の100万円アプリ
2nd Stage
「繁華街交差点へお願いします」
移動する後部座席で頭を両手で抱え必死に集中する。勿論狙いはピープルだ、プレイヤー同士のハートブレイクなんてとんでもない、攻撃されてしまう。
危険が大きい、無難にピープルだけ狙えば安全にクリアはできるはずだ。
「交差点着きましたけど、どこら辺で止めましょう?」
「ここで降ろして下さい」
早速人混みに出る。繁華街にはまだこの時間でも人が沢山いるし標的は多い。
それにアプリにはご丁寧に地図の機能とナビまでついている。
できるだけ落としやすそうなピープルを探す。いた、あの暗い顔したサラリーマンだ! 人が行き交う路上で声をかける。
「あの、少しお話しできませんか?」
「は? 何? キャッチ? いらないよ」
「違います、少し、少し話しを」
「いらないっていってんだろ! しつこいなぁ」
行ってしまった。次も、次も話しかけたが誰も相手にしてくれない。
歯を強く噛み歯ぎしりをする。
「くそ!」
ナンパよりタチが悪い、当たり前だ。誰もいきなり重い話しなんか聞いてくれるはずもない。
周りの人間が温度を持たない、冷たいロボットばかりに見えて、自分は1人きりだと痛感して立ち止まる。
汗が引いてくると、急に寒さを感じる。鼻先が熱い、胃が痛い。
何か手はないか? お金を渡して話しを聞いてもらう? いや、ダメだ怪しすぎるしヒーラーできるとも限らない。何処か、何処か2人きりで話せる環境はないか?
「よかったらどうぞ」
ティッシュを渡されるが、そんな場合ではない。
「いらない」
手を強くはねのけてしまい、焦りから他人に当たってしまった。ティッシュ配りの女性は下を俯いて配るのを止めた。
最低だ、さっき話しかけて上手くいかない事でショックを受けていたのに、同じ事をしてしまった。
「ごめん、焦っててその。ティッシュまだ貰えるかな」
女性は無言で一つティッシュを手に置いてくれた。傷つけてしまったな……。渡されたティッシュを裏返すとキャバクラの広告が挟んであるのが目に映った。
両手に持ち音量をセーブする事も忘れ、興奮する。
「そうだキャバクラだ! 客として入ってスラッシャーかヒーラーすればいい。これなら2人きりで話せる。お姉さんありがとう、絶対ここに行くから!」
女性が口を開けて不思議そうに頭を軽く下げるのを見て、僕はケータイを出してそのキャバクラを探そうとアプリを起動させた。
バイブレーション機能がオフな事に気付き慌ててオンにしたその瞬間、凄い勢いでケータイが暴れる。
『ドクン!』 と唾を飲む。いる、近くに……。
するとどんどんバイブレーションは強くなり、その振動が耳に直結して、さっきまで何を考えていたのか忘れさせる程に数瞬自分を見失う。
前からケータイを見ながら、キャバクラ嬢だろうか? 華やかな黄色いドレスに毛皮のコートを着た茶色く盛った髪の女が怪しい笑みで近づいてきて僕の目の前で止まった。
(こいつが……プレイヤー?)
黙って下から見つめると彼女のほうから低い声で喋りかけてきた。
「君、プレイヤー……でしょ?」
「君もか?」
僕は最大限の警戒音を頭に鳴らせ、睨みつける。
するとキャバ嬢は緊張の空気を割る様な、どこか抜けた高い声でケータイ画面を見せてくる。
「そうだよ、訳わかんなくない? このアプリ。3日で大金稼げとかアホじゃん?」
何か大事が起こると踏んでいたのに友好的に話してくる口調に安心して、気が抜けて頭から温度が逃げて行った。
「確かに訳わからん。これ詐欺だと思う? 本気かな?」
「絶対詐欺、ウチ訴えるし。一緒に訴えない? 弁護士費用もこっちで組むし仲間がいると裁判で強いしね!」
そうだ何も真面目にゲームをする事はない、訴えたらいいんだ。
「そりゃそうだ訴えよう! うん、乗るよ」
人差し指で口角を持ち上げて笑顔を作って、一歩また近寄ってくる。
「私は須藤優子。君は?」
「俺は渡辺優、弁護士とかもう決めてるの?」
「それ2人で対策練ろうよ! ウチ、アホだから絶対クリアなんか無理、頭悪いもん。お金いらないから店で話さない? 一応仕事中だし」
何年かぶりの親友に会ったかの様にテンションが上がっていく。
「うん、わかった。どんどん裁判の仲間増やそうよ! あと勝負するつもりはないからね?」
「大丈夫よ、ウチもそんなゲームごめんだしね。ついてきて」
大丈夫、お互いのハートブレイク発言が無ければ騙し用も絶対無い。無計画に勝負は危険だ。
もし勝負の雰囲気になったら逃げよう。
2人は店に歩き出す、煌びやかな妖艶の世界へ。
僕は警戒を敷きつつ訴える事で裁判はどうするか、証拠は残したほうがいいのか? などをぶつぶつ考えながらついていった。
先に歩く優子の表情は見えないが、お互い仲間ができてほっとしたのは自分だけじゃないはずだ。
「ところでさ、アホすぎてあんまり聞いてなかったんだけどさ、プレイヤー同士の勝負の合図なんだっけ? 忘れちゃったよ」
証拠にはあのアプリをどうやって形にするか親指をくわえ、考えながら口を開く。
「馬鹿だなぁ聞いとけよ。ハートブレイクだよ」
「そうそうハートブレイクだったね。とりあえず訴えるには証拠なんだよ」
「うん今それ考えてる」
店につくと直ぐ様ボーイが出てきて、優子はボーイと小声で何かを耳打ちする。
キョロキョロ周りを観察していると少し他の客から離れた席に案内され、悪趣味な紫色のソファーに座らされる。
すぐ様隣に密着する様に相席してくるキャバ嬢の優子。
当たり前な事なのか、近い。
背後から男の馬鹿笑いが聞こえた。
「ウケるー」
などの会話が怪しいムードの音楽と共に行き交う。
何だか慣れない雰囲気だし目にするもの全てが派手。
「さっきボーイと何話してたの?」
「私が持つからVIP扱いしてくれって頼んだの」
怪しい、突然VIP? 僕は警戒を顔に出さない様に天井の豪華なシャンデリアを見上げた。
「うお、なんか凄いなあ。こんなとこ昔先輩に連れられて来た一回くらいだ」
するとお酒を作りながら優子は
「まぁ慣れてないとねえ、作成練る前にお互いの事話そうよ」
さり気なく酒を出してくれた。酔うのはよくないが、僕が絶対にハートブレイクさえ口にしなければ安全だ。
それに少し飲んでも裁判の話しが進めばゲームなんか関係なくなる。
ゲーム無しでの親切は、信じていいだろう、メリットが向こうにないのだから。
優子の表情を観察しながら乾杯すると一口飲んだ。
「うお、こんなアルコール濃いものなの? 普通」
優子はやけに長い付けまつ毛を自慢する様に大きな目で見つめてくる。
「高いお酒ってみんなそうだよ。大丈夫、案外アルコール度数少ないんだよそれ」
優子は僕のタバコに自然に火をつけてくれる。
目のやり場に困っていた露出の多いドレスも酔いと雰囲気で魅力的に感じ始め、なんだか本当のVIPみたいで足を組みリラックスして行く。
相手はハートブレイクを望んでいる気配はない、それだけ気をつければいいかと酒を進めた。
3杯までと決めていたが、無くなる前に注いでくれるものだからもうどれ程飲んだか解るはずもない。
「流石職業柄だなあ、それで弁護士は何処まで進んでるの?」
「ここのお客さんが弁護士で、任せろ! って言ってくれているから大丈夫。それより彼女いるの?」
周りの音が酷くスローに聞こえて、キラキラの彩りの室内の雰囲気でもう今酔っているのかも解らない。
「彼女なんかいないよ、独り身」
「うっそお! 大人の雰囲気あって、実は美人さんの彼女がいるとふんでいたのに! その黒髪パーマかっこいいじゃん」
「いや、天然だよ」
優子は腕に抱きついてくる、胸が当たり恥ずかしくて咄嗟に横を向く。
「まじで? うーん半年はいないなぁ。俺そんないい雰囲気ある?」
ボーイは、会話の流れを切らさない用にシャンパンをそっと出して消えていった。
優子は立ち上がり片手をあげる。
「ある! ねえ私立候補してもいい?」
「どうせみんなに言ってるんだろー?」
「じゃあこのシャンパンを見なさい! 特別のプレゼントシャンパンだー! 優くんにだけ特別だよ? これ高いんだからねぇ?」
優子はシャンパンを手に取り店の注目を集め、拍手が聞こえた。
「そんな高いの飲んだ事無いよ、楽しいなあ。キャバクラ好きになりそうだ」
ひたすら楽しいしか感覚がない。
シャンパンを置くと優子は今まで以上に密着して座り、腕に抱きつき片足を僕の膝の上に絡めてきた。
「どうやったら優くんは癒されるのお?」
いやらしい気持ちになってきて、心の声にいつも留まるはずの事が口から出てしまう。
「抱きついてキスされたらかなあ?」
「好き」
と言うと、抱きついて優子はキスをしてきた。キスから自分の舌に絡みついてきた優子の舌は、僕の心に直接まとわりつく様に、完全に心を支配して行く。
酔いも手伝ってドキドキしながら独裁者の王様のような気分になり、すっかりチーズが熱で溶けるように癒された。
優子は可愛らしく顔を傾けて、その大きな目で見つめてきた。
「癒された?」
「うん、癒された」
すると優子は腕をさらりと放すと
ケータイを見て小さくガッツポーズを取った。
そしてボーイを呼んで耳打ちで何かを話している様子を横目に、余韻に浸る。
「キャバクラでもキスとか本気じゃないとできないよなあ。このまま付き合ったほうがいいのかなあ」
するといきなり奥からボーイが2人出てきて、僕は持ち上げられる様に掴まれた。
「え! なんだよこれ! 邪魔すんなよ!」
僕は店の外に乱暴に放り投げられた。訳がわからない、どうしたんだ? キスがセクハラと勘違いされたのか?
すると少しドアが空き優子が顔を出した。
「ヒーラーさせてくれてありがと」
と投げキッスをしてまた顔を引っ込めた。
(え? ヒーラー? させてくれた? 俺ヒーラーされたのか!?)
酔った頭を持ち上げてパニックを整理する。
確かに癒されたとは言った。けどプレイヤー同士のハートブレイクをお互い言わないと勝負にはならないはずだ!
必死に耳を抑えて目を大きく開けて思い出す……。
(ところでさ、アホすぎて忘れちゃったんだけどさ、プレイヤー同士の勝負の合図なんだっけ? 忘れちゃったよ)
(馬鹿だなぁ、聞いとけよハートブレイクだよ)
(そうそうハートブレイクだったね)
あれだ! あれで成立していたのか!
「くそお!」
コンクリートの地面を叩いた。
あの店に行く途中言わされていて、既にハートブレイクは始まっていたのだ。
アプリを焦って見るとマイナス65ポイントとあった。
移動する後部座席で頭を両手で抱え必死に集中する。勿論狙いはピープルだ、プレイヤー同士のハートブレイクなんてとんでもない、攻撃されてしまう。
危険が大きい、無難にピープルだけ狙えば安全にクリアはできるはずだ。
「交差点着きましたけど、どこら辺で止めましょう?」
「ここで降ろして下さい」
早速人混みに出る。繁華街にはまだこの時間でも人が沢山いるし標的は多い。
それにアプリにはご丁寧に地図の機能とナビまでついている。
できるだけ落としやすそうなピープルを探す。いた、あの暗い顔したサラリーマンだ! 人が行き交う路上で声をかける。
「あの、少しお話しできませんか?」
「は? 何? キャッチ? いらないよ」
「違います、少し、少し話しを」
「いらないっていってんだろ! しつこいなぁ」
行ってしまった。次も、次も話しかけたが誰も相手にしてくれない。
歯を強く噛み歯ぎしりをする。
「くそ!」
ナンパよりタチが悪い、当たり前だ。誰もいきなり重い話しなんか聞いてくれるはずもない。
周りの人間が温度を持たない、冷たいロボットばかりに見えて、自分は1人きりだと痛感して立ち止まる。
汗が引いてくると、急に寒さを感じる。鼻先が熱い、胃が痛い。
何か手はないか? お金を渡して話しを聞いてもらう? いや、ダメだ怪しすぎるしヒーラーできるとも限らない。何処か、何処か2人きりで話せる環境はないか?
「よかったらどうぞ」
ティッシュを渡されるが、そんな場合ではない。
「いらない」
手を強くはねのけてしまい、焦りから他人に当たってしまった。ティッシュ配りの女性は下を俯いて配るのを止めた。
最低だ、さっき話しかけて上手くいかない事でショックを受けていたのに、同じ事をしてしまった。
「ごめん、焦っててその。ティッシュまだ貰えるかな」
女性は無言で一つティッシュを手に置いてくれた。傷つけてしまったな……。渡されたティッシュを裏返すとキャバクラの広告が挟んであるのが目に映った。
両手に持ち音量をセーブする事も忘れ、興奮する。
「そうだキャバクラだ! 客として入ってスラッシャーかヒーラーすればいい。これなら2人きりで話せる。お姉さんありがとう、絶対ここに行くから!」
女性が口を開けて不思議そうに頭を軽く下げるのを見て、僕はケータイを出してそのキャバクラを探そうとアプリを起動させた。
バイブレーション機能がオフな事に気付き慌ててオンにしたその瞬間、凄い勢いでケータイが暴れる。
『ドクン!』 と唾を飲む。いる、近くに……。
するとどんどんバイブレーションは強くなり、その振動が耳に直結して、さっきまで何を考えていたのか忘れさせる程に数瞬自分を見失う。
前からケータイを見ながら、キャバクラ嬢だろうか? 華やかな黄色いドレスに毛皮のコートを着た茶色く盛った髪の女が怪しい笑みで近づいてきて僕の目の前で止まった。
(こいつが……プレイヤー?)
黙って下から見つめると彼女のほうから低い声で喋りかけてきた。
「君、プレイヤー……でしょ?」
「君もか?」
僕は最大限の警戒音を頭に鳴らせ、睨みつける。
するとキャバ嬢は緊張の空気を割る様な、どこか抜けた高い声でケータイ画面を見せてくる。
「そうだよ、訳わかんなくない? このアプリ。3日で大金稼げとかアホじゃん?」
何か大事が起こると踏んでいたのに友好的に話してくる口調に安心して、気が抜けて頭から温度が逃げて行った。
「確かに訳わからん。これ詐欺だと思う? 本気かな?」
「絶対詐欺、ウチ訴えるし。一緒に訴えない? 弁護士費用もこっちで組むし仲間がいると裁判で強いしね!」
そうだ何も真面目にゲームをする事はない、訴えたらいいんだ。
「そりゃそうだ訴えよう! うん、乗るよ」
人差し指で口角を持ち上げて笑顔を作って、一歩また近寄ってくる。
「私は須藤優子。君は?」
「俺は渡辺優、弁護士とかもう決めてるの?」
「それ2人で対策練ろうよ! ウチ、アホだから絶対クリアなんか無理、頭悪いもん。お金いらないから店で話さない? 一応仕事中だし」
何年かぶりの親友に会ったかの様にテンションが上がっていく。
「うん、わかった。どんどん裁判の仲間増やそうよ! あと勝負するつもりはないからね?」
「大丈夫よ、ウチもそんなゲームごめんだしね。ついてきて」
大丈夫、お互いのハートブレイク発言が無ければ騙し用も絶対無い。無計画に勝負は危険だ。
もし勝負の雰囲気になったら逃げよう。
2人は店に歩き出す、煌びやかな妖艶の世界へ。
僕は警戒を敷きつつ訴える事で裁判はどうするか、証拠は残したほうがいいのか? などをぶつぶつ考えながらついていった。
先に歩く優子の表情は見えないが、お互い仲間ができてほっとしたのは自分だけじゃないはずだ。
「ところでさ、アホすぎてあんまり聞いてなかったんだけどさ、プレイヤー同士の勝負の合図なんだっけ? 忘れちゃったよ」
証拠にはあのアプリをどうやって形にするか親指をくわえ、考えながら口を開く。
「馬鹿だなぁ聞いとけよ。ハートブレイクだよ」
「そうそうハートブレイクだったね。とりあえず訴えるには証拠なんだよ」
「うん今それ考えてる」
店につくと直ぐ様ボーイが出てきて、優子はボーイと小声で何かを耳打ちする。
キョロキョロ周りを観察していると少し他の客から離れた席に案内され、悪趣味な紫色のソファーに座らされる。
すぐ様隣に密着する様に相席してくるキャバ嬢の優子。
当たり前な事なのか、近い。
背後から男の馬鹿笑いが聞こえた。
「ウケるー」
などの会話が怪しいムードの音楽と共に行き交う。
何だか慣れない雰囲気だし目にするもの全てが派手。
「さっきボーイと何話してたの?」
「私が持つからVIP扱いしてくれって頼んだの」
怪しい、突然VIP? 僕は警戒を顔に出さない様に天井の豪華なシャンデリアを見上げた。
「うお、なんか凄いなあ。こんなとこ昔先輩に連れられて来た一回くらいだ」
するとお酒を作りながら優子は
「まぁ慣れてないとねえ、作成練る前にお互いの事話そうよ」
さり気なく酒を出してくれた。酔うのはよくないが、僕が絶対にハートブレイクさえ口にしなければ安全だ。
それに少し飲んでも裁判の話しが進めばゲームなんか関係なくなる。
ゲーム無しでの親切は、信じていいだろう、メリットが向こうにないのだから。
優子の表情を観察しながら乾杯すると一口飲んだ。
「うお、こんなアルコール濃いものなの? 普通」
優子はやけに長い付けまつ毛を自慢する様に大きな目で見つめてくる。
「高いお酒ってみんなそうだよ。大丈夫、案外アルコール度数少ないんだよそれ」
優子は僕のタバコに自然に火をつけてくれる。
目のやり場に困っていた露出の多いドレスも酔いと雰囲気で魅力的に感じ始め、なんだか本当のVIPみたいで足を組みリラックスして行く。
相手はハートブレイクを望んでいる気配はない、それだけ気をつければいいかと酒を進めた。
3杯までと決めていたが、無くなる前に注いでくれるものだからもうどれ程飲んだか解るはずもない。
「流石職業柄だなあ、それで弁護士は何処まで進んでるの?」
「ここのお客さんが弁護士で、任せろ! って言ってくれているから大丈夫。それより彼女いるの?」
周りの音が酷くスローに聞こえて、キラキラの彩りの室内の雰囲気でもう今酔っているのかも解らない。
「彼女なんかいないよ、独り身」
「うっそお! 大人の雰囲気あって、実は美人さんの彼女がいるとふんでいたのに! その黒髪パーマかっこいいじゃん」
「いや、天然だよ」
優子は腕に抱きついてくる、胸が当たり恥ずかしくて咄嗟に横を向く。
「まじで? うーん半年はいないなぁ。俺そんないい雰囲気ある?」
ボーイは、会話の流れを切らさない用にシャンパンをそっと出して消えていった。
優子は立ち上がり片手をあげる。
「ある! ねえ私立候補してもいい?」
「どうせみんなに言ってるんだろー?」
「じゃあこのシャンパンを見なさい! 特別のプレゼントシャンパンだー! 優くんにだけ特別だよ? これ高いんだからねぇ?」
優子はシャンパンを手に取り店の注目を集め、拍手が聞こえた。
「そんな高いの飲んだ事無いよ、楽しいなあ。キャバクラ好きになりそうだ」
ひたすら楽しいしか感覚がない。
シャンパンを置くと優子は今まで以上に密着して座り、腕に抱きつき片足を僕の膝の上に絡めてきた。
「どうやったら優くんは癒されるのお?」
いやらしい気持ちになってきて、心の声にいつも留まるはずの事が口から出てしまう。
「抱きついてキスされたらかなあ?」
「好き」
と言うと、抱きついて優子はキスをしてきた。キスから自分の舌に絡みついてきた優子の舌は、僕の心に直接まとわりつく様に、完全に心を支配して行く。
酔いも手伝ってドキドキしながら独裁者の王様のような気分になり、すっかりチーズが熱で溶けるように癒された。
優子は可愛らしく顔を傾けて、その大きな目で見つめてきた。
「癒された?」
「うん、癒された」
すると優子は腕をさらりと放すと
ケータイを見て小さくガッツポーズを取った。
そしてボーイを呼んで耳打ちで何かを話している様子を横目に、余韻に浸る。
「キャバクラでもキスとか本気じゃないとできないよなあ。このまま付き合ったほうがいいのかなあ」
するといきなり奥からボーイが2人出てきて、僕は持ち上げられる様に掴まれた。
「え! なんだよこれ! 邪魔すんなよ!」
僕は店の外に乱暴に放り投げられた。訳がわからない、どうしたんだ? キスがセクハラと勘違いされたのか?
すると少しドアが空き優子が顔を出した。
「ヒーラーさせてくれてありがと」
と投げキッスをしてまた顔を引っ込めた。
(え? ヒーラー? させてくれた? 俺ヒーラーされたのか!?)
酔った頭を持ち上げてパニックを整理する。
確かに癒されたとは言った。けどプレイヤー同士のハートブレイクをお互い言わないと勝負にはならないはずだ!
必死に耳を抑えて目を大きく開けて思い出す……。
(ところでさ、アホすぎて忘れちゃったんだけどさ、プレイヤー同士の勝負の合図なんだっけ? 忘れちゃったよ)
(馬鹿だなぁ、聞いとけよハートブレイクだよ)
(そうそうハートブレイクだったね)
あれだ! あれで成立していたのか!
「くそお!」
コンクリートの地面を叩いた。
あの店に行く途中言わされていて、既にハートブレイクは始まっていたのだ。
アプリを焦って見るとマイナス65ポイントとあった。