心理戦の100万円アプリ

スラッシャー専門の男

「後二回程ヒーラーかスラッシャーでかいのされるとヤバイ」
 とにかく酔っていては話しにならないので、タクシーで家に直行。
 鍵をかけ、5時間後にタイマーをセットして仮眠をとる事にした。

 ケータイがバイブレーションするのではないかと気になって仕方ない。
 とりあえず布団の中で目を閉じると、不思議と意識はすぐに遠のいて見覚えのある夢が始まる。
 すぐ夢と理解できるあの夢。

 青々とした空に境目が解らなくなるくらいの同色の海。
 その真ん中に白い球体は浮いていて、球体からは視線を感じる。見透かされる事に、目を閉じて温度を察知する感覚に集中したくなる程の安心感がある。
 このまま触ってしまおうか……。

 夢から乱暴に手を引かれる様にアラームが鳴り目を開ける。アプリの画面を見て、自分の状況を思い出す。飛び起きて顔を洗い、布団に座り考える。

 昨日は無防備すぎた。思い込みが原因だ、もっと警戒すべきだな。
 それとハートブレイクを仕掛けてくる奴も危険だ。
 クイズは出題者が絶対有利な様に、話題の内容も考えてくるはずだ。それに対応できるレベルの相手ならいいのだが、レベルまでは解らない。

 キチンと自分の土俵で勝負できれば勝てるはずだ。どんな仕掛けで、どんな話題が得意で、どんな事に弱いか。
 情報が命取りになる。勿論そんなのハートブレイクで勝負してみないと解らない。
 だが、ハートブレイクしているのを観察する事ができれば、負けた方にすぐハートブレイクを仕掛けて同じ話題でスラッシャーか、ヒーラーすればいい。

 ピープルはダメだ。時間がかかりすぎるし、ポイントも少ない。
 自然とプレイヤー同士がぶつかるようになっている。

 早速外に飛び出し、タクシーを捕まえバイブレーション機能で探した。2方向の真ん中に飛び込めばハートブレイクをしている所に行ける。

「ここら辺か」

 タクシーを降りると周りを見渡す。車道沿いにある小さな商店街、活気も感じられず歩く人も少ない。時間感覚が狂いそうになる暗い雰囲気。

「この商店街にプレイヤーがいるはず」
 ポケットにケータイを入れて触りながらバイブレーションを頼った。
 相手プレイヤーに見つからない様に澄ました顔で近づいて歩く。
(近い……。何処だ?)

 喫茶店の前に、背の高い男性と女性が2人で話している。バイブレーションの方向から、今正にハートブレイクをしようとしている。
 よしついてる。2人は喫茶店に入っていった。店に入ろうとすると、商店街に似合わない黒スーツの男性が立ちはだかる。

「どいてくれませんか?」

「運営の者です、ハートブレイク中は、他者が入れないルールになっています」

「そんなの聞いてないぞ!」

「アプリをもう一度ご確認下さいませ」

 すぐその場から少し離されてしまった。
 まあいい、どちらか負けた方にすぐハートブレイクすれば問題無い、ここで待つか。
 喫茶店を観察しながらタバコの煙をふかしていると背後から突然声がした。

「おにーさん。プレイヤーでしょ?」

 余りの仰天に、吸っていたタバコを落とした。なんで気がつかなかったんだ!?

 会社員風のメガネをかけた背の小さな、冴えなさそうな男は声に感情を込めた様子もなく続けて喋る。

「ビックリしてるね。あそこで勝負してるから、バイブなりっ放しで密集して気がつかなかったんだろ」

 下から睨みつける。
「僕とやりたいの?」

「いや、君と同じさ。あそこから出てくる2人のうち負けた方にハイエナするのが狙いさ」

「どっちが負けたなんて解らないかもしれないじゃないか」

「君、馬鹿? それを見抜けないプレイヤーなんていないよ。それに君ルールもよく解ってないね、追い返されるの見たよ。リーブ知ってる?」

「リーブ? 知らないよ何それ」

「リーブ知らないやつなんていたのか。いいよ全部教えてあげるから今勝負しない事と、あそこのハイエナは邪魔しないって約束してくれ」

 脅す様に青白い顔に噛み付く。
「嘘ついてるかも知れないじゃないか」

「聞けば納得するさ、別に君がどうなっても僕には関係ないからいいけどさ。ハイエナは邪魔されたくないんだよ」

(ルール? ヤバイ。本当なら相当な致命傷になる、これは聞いた方が絶対得だ)

「いいよ全部教えて」

「まずリーブね、勝負中に不利になったりしたら逃げていいんだ。その合図がリーブ。アプリが説明してくれるのに馬鹿だな、そこに全部乗ってるよ」

 急いでケータイを出して確認する。そういえば詳しくチェックしてなかった。その他の所か? タップしてみると、ボーカロイドが喋り出した。

「細かいルールを説明するよ! ハートブレイク中、逃げる事ができるの。リーブと言えば成立します。その代わりマイナス最低30ポイント相手に渡ります。連打でリーブするとマイナスも倍へと増えていきます」

 ボーカロイドは踊り続けて歌う様に説明する。

「暴力行為はマイナス500ポイント! 自然とアウトになりますねぇ。相手がハートブレイクを申し込んできたら拒否できるのは一回だけです。マイナスポイントはありません。
 それにハートブレイク中は、観戦する事ができません。区外に出るとゲームオーバー扱いになりますから気をつけて! ポイントはハートブレイク中であると、色んな形でプレイヤー同士で行き交います。一度勝負した相手に二度ハートブレイクを挑む事はできません。では楽しんでね!」

(こんな機能知らなかった……。)

 ハイエナ男は眼鏡を中指でくいと上げる。
「な? リーブ知らないと駄目だろ? アプリにあるんだから嘘でもない。解ったらハイエナを邪魔しないでくれ」

「待ってくれ、でもハイエナしても、情緒不安定な確率は高い。すぐリーブされるんじゃないのか?」

「そうだよ、それが狙いだもん。30以上のポイントはデカイからな」

 すると喫茶店からハートブレイクしていた男が出てきた。

「え、もう終わったのか!?」
 
「あいつは危ない。スラッシャー専門だ! 知ってるだけで4人もうやられてる、逃げたほうがいい。これで5人目だ! 僕は隠れて見つからない様にハイエナするよ」
 スーツの男は眼鏡を上下に激しく揺らし、走って逃げて行く。

(どうする、逃げるか? 逃げるに決まってる。そんな強いやつとハートブレイクなんかしたくない!)

 振り返って逃げようとした時、目が一瞬合った。
 モヒカンのツンツン赤い頭、何より目がイってる、焦点が合ってない。変な薬やってるのか? 背中を向けた瞬間、後ろから大音量が響く。

「ハーートブレイク!」

 心臓が肥大化して、脈を打つ。『ドクン!』
 バイブレーションで確認されたか? 僕に言ってるのか? 良く見もしないでハートブレイクを申し込んできたのか?
 い、嫌だ。一回だけの拒否を使うか? まて、まだ序盤だぞ。それに僕に言っているのかわからない、ハイエナ男かもしれない。

 逃げようか? 逃げたら一回の拒否を使ってしまうのか? 僕は真冬にかかわらず額に水気と、頭の中が熱く沸騰している。う、動けない。

 モヒカンの声はどんどん近くなり、こちらに向かって叫んでくる。

「そこのダウンのお前! ハートブレイクだ!」

「ハートブレイク! ハートブレイク! ハートブレイク!」

 どんどん近くに連呼しながらやってくる。確実に僕だ!
 逃げるよりハートブレイクして、ヤバくなったらリーブしたほうがいい。
 僕は深呼吸をしてモヒカンの方を向いた。落ち着いて自分のペースでいけば大丈夫、まだ負けると決まった訳じゃない。

 近くで見るとその異様な出で立ちに息が止まる。
 革ジャンに指には真っ黒なマニュキュア、ドクロばかりの指輪に、ネックレスまでドクロ。ピアスはもう何個しているか解らない。
 ヘラヘラして鼻と鼻が当たりそうな程接近してくる。
 眉毛はなく目の焦点が合ってないのが目立つ。

(こんなやつと関わりたくない!)
 無言の声が心で絶叫する。

 モヒカンは舐め回すように顔を観察すると耳元で呟いた。

「ハートブレイク」

 クソジャンキーめ、もうやるしかない! 片手で押しのけて距離を取る。
「ハートブレイク」

 これで成立してしまった。

「ふぃっひひ、あそこの茶店行こうや」
 冷静に冷静にを頭の中で繰り返すが、既に完璧に向こうのペース。
 モヒカンの後に続き、外の様子が見えない程、窓まで緑の観葉植物が覆い尽くす喫茶店に入った。
 1番奥のテーブルに向かうと、モヒカンは先程一緒に入った、俯いた女に喋りかける。

「おら、どけよ」

 すると泣きじゃくる顔を手で隠しながら外へ出ていった。何処までスラッシャーしたら、ああなるんだよ……。
 店員が注文を取りにきたので、とりあえず僕はブレンドを頼んだ。
 
「ビールうううぅ」
 僕から目線を外さないまま、注文する。
「朝からビールかよ」

「お前も飲むかああぁ?」

「僕は珈琲でいい!」
 喋り方まで物凄い特徴だ。人として大丈夫なのか?

 無言のまま、注文が来るのを2人で待つ。店員が途中にきたら邪魔だからだ。
 直様ビール瓶が運ばれてきて、モヒカンはテーブルに片足を置きラッパ飲みをしてゲップをして目を合わせてくる。
 僕の珈琲もきた、ここからが勝負。
 しかしどんなやり方でスラッシャーしてくるんだろう、頭がいい風には見えない。理想は相手の土俵でその内容を上回る会話をする事。
 珈琲を一口飲むと、モヒカンが動いた。

「お前名前は?」

「名乗りますので、そちらも名乗って下さいね」

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