心理戦の100万円アプリ


 モヒカンは足を下ろしテーブルに肘を置くと、パチンパチンと指を鳴らし続け始める。

「渡辺優といいます。あの、そのパチンと指を鳴らすの辞めてくれますか?」

 すると『バン!』と机を左手で叩いてパチンパチンと指を鳴らし、やけに長い舌を出した。
「駄目えええぇぇ! お前拒否! 拒否! 拒否!」

「うるさいですよ、静かにして下さい」

「それも拒否! 拒否! 拒否! お前の人格拒否! 人生拒否!」

 かなり苛つき右耳がピクピクするのを感じる。
「まず会話をしましょうよ」

「駄目! 拒否! 拒否! お前拒否! 優? 気持ち悪! 拒否! 受け付けませーん! 拒否!」
 パチンパチンと鳴らしながら拒否を連呼してくる。

「話し合いもできないんですか? あんた本当にチャットでヒーラーできたの?」

「ヒーラーああぁ、1番時間かかったよ! そんでお前やっぱり拒否!」
パチンパチン。

「拒否うるさいですよ、指を鳴らすのもやめてくれ」

「お前の親糞! なにこの失敗作! 否定! 否定! お前との論議否定!」

 怒鳴ってしまいそうなのを抑え、低い声で反論する。
「否定される意味がわかりません」

「だってお前独身だろ? 汚ぇ、否定だよ。お前スラッシャーしたんだろ? ヒーラーも、チャットで」

「それはプレイヤー全員同じですよ」

「お前スラッシャーで相手壊して平気なの? 否定だよ! 否定! お前にそんな権利あんのかよ」
 パチンパチン。

「あなただって同じ事が言えるんじゃないですか?」

「俺は楽しいもん!」
 パチンパチン。

 ついに怒りがマグマの様に煮えたぎって噴火した。

「パチンパチンうるさいんだよ!」

「へへ、お前ケータイ見てみろよ」
 パチンパチン。

(あれ? マイナスポイント? なんで?)

「口開けて驚いてやんの、心理戦だからキレたほーの負けえぇぇぇ。お前アプリからも否定」

「うるさいよ!」

「またポイントきたー、お前キモイ、否定! 否定! 世界から否定」
 パチンパチンパチン。

 歯を強く噛み睨みつける。
(話し合いにならない、怒るとポイントが減る。くそ!)



「お前なんで生きてるの?」
 パチンパチン。

「生きてる理由なんて誰もわからないよ。持論を持つしかない」

「ひょーー! 理屈並べてるよ! 否定! 否定!」
 パチンパチン。

(なんなんだコイツは……、怒りしか込み上げてこない。それにパチンパチンの音が耳障りで仕方ない)

「お前さぁ、死んだら周り悲しむの?」
 パチンパチン。

「さあ解らないですよ、死んでみないと」

 モヒカンは顔を更に近づけてくる。

「絶対孤独死お前。否定否定否定! 泣くやつも少ないだろうなあ。そして何ヶ月か経ったら存在が否定になるの解るぅ?」

 パチンパチン。
 膝の上の拳を震わせて強く握るが、怒りが抑えられない。

「みんなそんなもんだろ!」
  僕は完全に怒りに支配されていく。

「へへ、悲しいなあお前。否定されているのが解らないの?」
 パチンパチン。

「否定なんてされてない!」

 だんだん怒りに任せていると、妙な感覚になってくる。否定を連呼される事で、そう感じ始めている、絶対あの指を鳴らす音のせいだ。

「催眠術の一種か、そのパチンは」

「もう遅いお前、怒りまくり。否定だよ否定、早く死ねよ」
 パチンパチン。

「死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ」
 パチンパチン。

「うるさいよ! もうやめろよ!」

「駄目それも否定! 死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ」

 パチンパチンパチンパチン。

「もうやめてくれ! うるさい!」

「自殺しろよ、早く。お前いらないからさ。死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ」
 パチンパチンパチンパチンパチン。

(頭の中が死ねよでいっぱいになってきて、離れない。嫌だもうこいつと話したくない)

「死ねよ、拒否されてんだよお前。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
 パチンパチン。

  (頭がおかしくなる! もうダメだ、催眠術の一種と解ってても死にたくなってきた。もう止めてくれ!)
 モヒカンは、ひたすら指を鳴らして死ねよを連呼する。

 もう言い返す事なく俯く。完全にスラッシャーされた……。

 モヒカンは僕の表情を見てヘラヘラ笑う。
「じゃここ払っとけよ。楽しかっただろ? ふひぃひひ」

 虚ろな目に映ったケータイ画面にはマイナス合計のポイントが表示された。
 これでもうマイナス合計181ポイントだ、もう後がない。
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