彼女は心に愛を飼っているらしい





これはまだ僕が美術部に入っていた時の頃のことーー。



中学の授業で好きなものを選んで描いてみようというお題があった。


僕はなんでもいいから形あるものを選んで探していたのだが、美術の大沢先生に見たことのないものを描いてみたらどうだと言われ、想像の世界を描くことにした。


想像の世界を作りだすのはとても難しかった。

僕はきっと頭の中で、この目で見たことあるものだけを受け入れ、その他は無意識に破棄していたからだ。

僕の生きる世界を構成しているのは目に見える、誰もが信じるものだけだと思っていた。


『存在しないものを受け入れてごらん』


存在しないものを受け入れる……。

例えば、いちごが青いとか、車に足が生えているとか、そんなあり得ないことをあたかもあり得るかのように考えてみる。

最初は違和感の塊で、ないものを信じ込むおかしさに耐えられなくなったりしたけれど、それに慣れていくと、筆に絵の具を乗せた時、キャンパスの上で筆が自然と踊り出した。


全てが当たり前ではない世界。

たくさんの色に溢れた、色鮮やかな絵がそこにある。だけどよく見ると全部存在しないもの。


誰も見たことのない、誰も知らない世界は、なんとも形容しがたく不思議に溢れていた。


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