彼女は心に愛を飼っているらしい
「カバン置いて来なさい」
「うん」
2階にある自分の部屋にカバンだけおいて、階段を下りると僕はダイニングチェアに腰掛けた。
マグカップを口元に運び、インスタントのコーヒを味わう。
ミルクの割合とコーヒーの割合がぴったりマッチしているものを作れるのは母さんだけで、不思議なことに僕が作ってもこれとは同じ味にならない。
外で冷やされた身体がじわり、じわりと温かくなっていってほっとする。
「勉強はどう?順調?」
「順調だよ」
母親は昨日夜勤を終えて、僕が朝、家を出た頃に帰って来たようだった。
「よかった。今の勉強について行けなかったら医者にはなれないもの」
「父さんも母さんも同じことを言うんだね」
「そうね、一緒にいるうちに似ちゃったのかも」
そんな2人から生まれた僕はきっと他の誰よりもこの2人に近い存在なんだろうと思った。
安定で、安心で引かれた道。
それをただなぞって歩いていくだけ。はみ出してはいけない、たとえはみ出したとしても戻らなくちゃ行けない。
「医者は大変だけどね、やっぱり将来安定しているからいいわ。はぐむに苦労してもらいたくないもの」