彼女は心に愛を飼っているらしい
彼女は感心したように言う。
だけど、僕にとってはそれが当たり前で感心されるようなことは何もない。
「医者になるためには仕方ないことだから」
「どうして医者になりたいって思ったの?」
「両親どっちも医者だから」
ひどくつまらない回答であることは自分でもよく分かっていた。でも、それが僕だった。
今を、これからを形成していくものに面白みは求めない。
すると彼女はこんなことを聞いてきた。
「他にやりたいものはないの?」
「どうしてそんなこと聞くの」
「なんでだろう。直感かなあ、キミが真剣に夢を語ったりするのは痛いって言ったから、そんな経験があったのかなって……」
「別に、ない」
僕たちはただ目の前にある夕日を眺めながら、お互いを見ることなく、口だけを動かしていた。
その雰囲気は向き合って話すものよりも心地よかったからだろうか、僕はいつもよりわずかに口数が多くなっていた。
「私ね、実は高校1年生の頃は別の学校にいたの。ここから電車で2時間くらいかかるところにいたんだけど、父の仕事関係でここにやって来たんだ」
なるほど、どうりで。
高校1年からこの学校にいるのであれば、1年間の間に一度くらいすれ違ったりしているはずだ。