彼女は心に愛を飼っているらしい


激しい父の言葉に慌てて母が止めに入ったが、僕はただただ絵を見つめながら、ぽっかりと心の真ん中が空いた気持ちになっていた。


決められた道に進むことが僕の存在意義であり、それ以外のことは何もかもが無駄なんだ。


そう悟ってからは、僕は自主的に美術部を退部した。


それから家にあった書きかけの絵を黒い絵の具でぐちゃぐちゃに塗りつぶした。


もう絵は描かない。
そんな気持ちをこめて。


その日からだった。

みんなの顔が僕が描いた絵のように黒く、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされて見えるようになったのは。


最初は何かの病気かと思ったが、調べてみてもそんな症例は存在しないし、何より将来医者にならなくてはいけない僕がそんなことを誰かに口にしたところで、怒られるか、バカにされるか、あるいは呆れられるか、のどれかであることは目に見えていた。


だからこそ僕は、そのことを誰にも言わずに過ごした。


中学3年間、誰にも言わず、みんなの顔が見えてるフリして過ごす。

僕にとってそれは、それほど苦痛なことでは無かった。

唯一、僕を気にかけてくれた美術教師の大沢修一(おおさわしゅういち)先生の顔が見えなくなってしまったことだけは少し心残りだった。

今はもう顔を思い出すことが出来ない教師の顔。


それでも。


『諦めるのか』



この言葉だけはすとんと僕の心に落ちて残り続けるのだ――。





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