彼女は心に愛を飼っているらしい
高校にあがり1年経った今でも、僕の周りにいる人は相変わらず黒塗りのぐちゃぐちゃだった。
先生、両親、クラスの人。
例外なく真っ黒で写真ですらも顔が見えなかった。
最初こそ戸惑ったものの、表情が見えないと、相手の表情を読んで、答えることをしなくていいので楽だった。
両親の顔色を伺って生活することもない。
むしろずっとこのままでもいいのではないかとさえ思った。
そんな矢先、初めて黒く塗りつぶされていない彼女と出会ってしまった。
長年塗りつぶされた顔に慣れてしまったせいか、表情が読み取れることに戸惑いを隠せない。
「1番乗りで教室に来たと思ったのに~、キミ早いんだね。なんて名前なの?」
「…………」
まじまじと彼女の顔を見つめると、目が合って僕は決まり悪く目を逸らした。
しかし、彼女はそんなことを意に介す様子もなく、答えてもいないのにべらべらと口を開く。
「私はね、雨宮みことって言うの。2年間よろしくね」
手なんか差し出して来て、握手を求める彼女。
今時、自己紹介をして握手なんてする人はいないだろう。
差し出された手を取らずにいたら、僕の右手を勝手に握ってぶんぶんと縦に振る。
なんて強引なんだろう。
初対面で遠慮なく話しかけてくる彼女に僕は顔をしかめた。
「楽しみだね、これから新しいクラスで生活するの。私ね、実は……」