彼女は心に愛を飼っているらしい


さらさらとこちらにやって来ては、すぐに帰ってしまう波は、砂浜に描かれた絵や、誰かがつけた足跡をさらって帰ってしまう。

またすぐに戻って来ても、もうそれはキレイさっぱり消えてしまう。

ここにいくら線を引いたって、たどる前に消えてしまうのだ。


僕が歩いて来た道を振り返ると、ちょうどさっき歩いた時についた足跡が波に奪われていく瞬間だった。

まるで生きているみたいだ。
そんなことを内心で思っていた時。


「ドン!」


いつの間にか、僕の背後にやって来た彼女は両手で僕の背中を押した。


「わ……」


よろける僕に目もくれず、にっこり笑って言う彼女。


「あ〜海って本当に楽しいな。やっぱり、自分の気持ちを吐き出せる場所が海だよね!」


楽しそうに言葉を弾ませて、そろそろ座りましょうかって言いながら、大きなバックから彼女がレジャーシートを取り出す。その用意の良さに思わず笑ってしまいそうだった。


浜辺から少し離れたところに敷いた大きめのシートはしっかりと役割を果たしていた。
ふたり揃って座ってもまだまだ余るくらいに大きい。

そこに荷物を置き、やっと大人しくなった彼女は海を眺めてキレイね、とだけつぶやいた。


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