彼女は心に愛を飼っているらしい
「でもさ……それは、もしかしたら奪ってもいいものかもしれないよ。
いらないものを海が奪っていってくれているの。そんな気がする」
いらないもの、か。
僕が自らの歩くべき道とさらわれた足跡を重ねていたことに彼女は気づいていただろうか。
しばらくの間、お互いに何も話さないで穏やかな風を感じていた。
その心地よさに目をつぶりそうになった時、ひゅっ、と鋭い風が僕達の横を通り過ぎるように吹き荒れた。
「わ……、いい風」
すると、彼女はその風に煽られたかのように話し出した。
「お母さんが事故で死ぬ前はよく海に行っていたんだ。
お母さんは海が大好きな人で、行き詰ったらすぐに海を見に行こうって言い出す人だった」
僕は砂浜の砂を見つめながら、彼女の話を静かに聞いていた。
「私のお母さんはね、絵がとても上手な人だったの。
海を見ながら絵を描いて、私が隣で歌を歌う。その時間が一番、好きだった……」
彼女の母親は絵を描く人だったのか……。
リンクするものがあることに、僕はごくり、と唾を飲みこんだ。
「そんなお母さんがいつも言っていたのが、好きなことを思いっきりやりなさいって言葉だったの」