彼女は心に愛を飼っているらしい
スケッチブックの新しいページにすらすらとペンを走らせる。
目の前の青。
それは好きなものを包み込む青だ。
彼女の歌を耳で聞き、目の前の寛大な海を目で見て表現する。
ああ、懐かしい。
懐かしすぎて震える。
何にも縛られず自由に描いていた時。
僕にも夢中になるほど好きなことが確かにあったのだ。
分かっていたのに。
ずっと、ずっと知らないフリをしていた。
青色の色鉛筆を力強くのせる。
深い青を作るのは心の芯の部分を表現するため。
どんなことがあっても変わらない、そんな気持ちは強くて、はっきりしている。
目の前の彼女のように。
海の向こう。
見えない向こう岸に届くような、そんな歌声は僕の手を見えない何かで動かした。
穏やかな時、怒っている時、何かを決心した時。その時の感情ひとつで、絵はどんどん表現を変えていく。
一度も止まることはない。
さらさらと線が浮かび上がっていくことに心地よさを覚えたその時。
突然ぴたり、と彼女の歌が止んだ。
驚いて手を止め、彼女を見るとそこにはじっと僕の絵を見つめる姿がある。
「キミの絵……」
目が大きく開かれていて、その目にしっかりと僕の描いた青を映していた。