彼女は心に愛を飼っているらしい



自己紹介の際、一番に席を立ったのは先ほどのよくしゃべる彼女だった。


「雨宮みことです」


相変わらず、透き通った声が耳によく馴染む。


じっと観察するように彼女のことを見ていたら、彼女はすうっと息を吸い込んで自分の名前を名乗る時よりも大きな声で言った。


「夢は歌手になることです」


真っすぐに前だけを見る彼女の表情は至極真剣な顔をしていた。

ざわ、ざわ、と周りが騒ぎ出す。

歌手だって。
ウケるね。

真剣な顔をして夢を語るのが〝痛い人“と位置付けられてしまうことを彼女は知らないんだろうか。

そんなこと、友達のいない僕でも分かるのに。


「2年間よろしくお願いします」


きっと彼女に話しかけてくれる人はいないだろう。


彼女がイスに座る時、くすくすとからかうような笑い声がそれを証明していた。


新学期が始まったばかりだったためか、この日は1コマ分短く授業を終えた。


日直の号令に習い、礼をすると僕はカバンを持って1番に教室を出る。

下駄箱で靴を履き替え、外に出ると、春の温かい風が僕の頬をかすめた。

ひらひらと桜の花が散る。

冬の殺風景な姿から色づく花々を見ていると、なんだか指がうずくからあまり好きではなかった。

描きたいと思う気持ちは少しでも消さなくてはならない。

少し早足で家に向かう。
その時、後ろから僕の肩を叩く人物がいた。


「やあ」

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