彼女は心に愛を飼っているらしい
この言葉をどうやって乗り切ろう。
「何度も言うけど本当に無いよ」
僕はそうやって答えた。
すると彼女はすん、と鼻を動かしながら言う。
「私、鼻は利くの。この部屋、入ってきた時絵の具の匂いが少しだけした」
彼女の言葉に僕は目を大きく開けた。
絵が残っていると彼女は確信している。
急に居心地が悪くなり、僕は目線を泳がせる。
そしてしばらく黙りこむと、僕は覚悟を決めたような小さな声でつぶやいた。
「ないんだよ、本当に、見せられる絵は……」
彼女が、彼女の母親が描いた絵をキレイだと表現するなら僕の絵はそれと真逆。
描いた絵を自分で潰してしまうなんて論外だ。
僕はあの日のことを思い出し、ぎゅっと手を握りしめた。
すると彼女は柔らかな声で言う。
「誰も見せられる絵を見せて欲しいなんて言ってないよ。
私が言ったのは、キミの描いた絵を見せて欲しいってこと」
どう思われるか、なんて今更だ。
僕は彼女をこの家に入れた時になんとなく、こうなることは想像がついていたのだから。
諦めたようにため息をつくと、彼女の右横にある押入れを空けた。
もうここは何年も開けてない。
思い出したくなくて、意図的に近づかないようにしていた。