幾久しく、君を想って。
「いや、あの…そんなふうに構えなくていいから」


囁く声が少し笑いを含んでいる。
こっちは彼の言う意味が分からず、えっ…と小さな声を出した。



「すみません、ちょっと待って下さい」


横を向いて二、三度深呼吸を繰り返している。
自分を立て直そうとしているらしく、肩の力を抜いてから向き直った。


「宮野さんに聞いておいて欲しいことがあります」


仕切り直したかのように真面目な声で言い出した。
こっちはその言葉を聞いて背筋を伸ばし、奥歯をぎゅっと噛み締めた。


「はい、何ですか」


「…その前に、人生というのは人それぞれですよね」


不意な言葉に面食らい、「…そう、ですね…」と惑いながら返事をした。
自分の過去を思い出し、一瞬だけ気持ちが落ち込んだ。


「俺はこれまで人生の中で苦痛を味わうのは一度きりでいいと思ってきました。誰かを好きになったり、もう一度結婚をしたいなんて思わずにきた」


思いを打ち明け、少しだけ間を空ける。
私もです…とは言えず、ぐっと息を殺して見守った。


「この間、映画を観た後で宮野さんに怒られて反省しました。俺は自分だけが良ければいいと思って、相手の本心も確かめずに離婚したのだろうか…と」


少し長い話になるかもしれません…と、断られた。

彼の離婚に至るまでの経緯を話してくれそうな雰囲気に、「時間がありませんので…」とは言えなかった。


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