幾久しく、君を想って。
「久保さん、本当に松永さんにチョコを渡すの?」


「彼って彼女とかいそうだけどいいの?」


「いいの。玉砕は覚悟してるから」


久保さんと同僚の子達らしい。
しまった…と思いつつも、出るタイミングを失った。


「受け取って貰えるといいね」


「上手くいったら奢ってよ」


「上手くいけばね」


囁き合う声が楽しそうで、居た堪れない気持ちになった。
早く外へ出て行って…と願いながら、ぎゅっと手を握りしめた。


メイクを直しに来たらしい三人組は、喋るだけ喋ると出て行った。
ホッとしながら個室を出て、何処へ行っても落ち着かない日だなと思った。


さっきの話からして、久保さんが松永さんに本命チョコを渡すつもりだ…というのは分かる。
それを知っているのに、自分が彼にマフィンを渡してもいいのだろうか。


決して本命のつもりで焼いた訳でもないのに悩む。

友達以上の気持ちを抱いて作り上げてしまったから余計に迷いが生じた。



悶々と思い詰めながら午後の仕事に入った。
電波時計の針が着実に進んでいくのを気にしながら、鼓動がどんどんと加速をしていくような錯覚に襲われる。


何も考えないんだと思考を止めようとしても無理だ。

高本さん達の言葉と久保さん達のお喋りとが、頭の中をグルグルと回転し続けていた。


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