幾久しく、君を想って。
大人としての恋なら
翌日からの私は、やはり何処かこれまでとは違っていたのだろう。

朝ご飯を作る様子を見ていた拓海が、「お母さんいい事でもあったの?」と声をかけてきた。


「ううん、何もないよ」


平然とでもないが、普段通りに答えたつもりだった。
なのに拓海は疑わしそうな目を向けて、「ふぅん」と短く唸っていた。


後ろめたい気持ちのある私は、昨夜のことに拓海が気付いているのではないかと思った。

部屋を出て行ったのを知っていて、わざと何の為だったかを聞こうとしているのではないか。

悪い事でもしてきたんじゃないか、誰と何処へ行ったんだ…と、問われるのではないかと穿った見方をしてしまった。


焦る気持ちを誤魔化すために、「そうそう」と思い出したことを口にした。


「お母さんがあげたチョコレート食べてみた?あのチョコ、前に林田さんがくれて凄く美味しかったのよね」


後から一つ頂戴ね…と頼んだ。

開けてもいないことは、昨夜の段階で知っている。でも、自分のやましい気持ちを隠す為に、わざと使わせてもらうことにした。



「いいよ、後でなら」


拓海はそう答えて、珍しく先に着替えてくると部屋へ向かった。

きっと高級チョコの箱を開けておく必要があったのだろう。

親子揃って内緒事をするなんてよくないことだとしみじみ感じてしまった。


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