幾久しく、君を想って。
「あの…」
話そうとしたタイミングと同時に声が聞こえ、ちらっと彼の方へ目を向けて見れば、タッタと横を歩いていた人の足が止まり、迷うような雰囲気で言い淀む。
「何ですか?」
今更何を聞かれても同じ。
何でも答えてやろうじゃないの…と思っていた。
「……実は……俺も同じなんです」
松永さんの声を聞いて首を傾げる。
一瞬、何のことか掴めず、ん?…と顔を見直した。
「バツが付いてるのは……俺も同じなんです」
声よりも先に目が開き、その表情を見た彼が唇を引き締める。
それを証拠に…と言い始め、右手も左手も出してくる。
「ね?何もしてないでしょう?」
平と甲を交互に返して見せるから、マリッジリングのことを言ってるんだな…と思った。
結婚している人が必ずしも全員身に付けているとは限らないのに。
……でも。
(…そうか。松永さんは『していた派』なんだ…)
そう納得すると、初めて「そうですね」と声が出せた。
柔らかそうな笑みを見せ、彼が再び歩き始める。
「……あの、松永さん」
二、三メートル歩いた先で止まった。
明かりの灯る門扉の前で「家、ここです」と指差す。
「え…」
まだ先を行きそうになっていた人が表札を目で追いかけ、あっ…という顔で立ち止まった。
「有難うございました。寒いのに遠回りをして頂いて」