幾久しく、君を想って。
玄関ドアの前で立ち止まり、リビングの椅子から立ち上がれない私を振り返った。


こっちは何とか母に目を向け、その口元を見ていた。


「その松永さんって人を家に連れていらっしゃい。私もお礼が言いたいから」


来た時は別人のように微笑んで部屋を出ていく。

ドアの向こうに母の姿が消えるのを見つめながら、楽しそうに会話をしていた拓海と彼のことを考えた。



夫と別れてからの十年近くの間、私の世界は拓海のことだけが中心だった。


あの子に不自由をかけないんだ…と決め、ただそれだけを考えて生きてきた。


親以外の誰にも頼らず、男性にも目を向けず。


あの子が幸せであるように。
ずっと笑っていられるように。


どんな辛い時にも自分が先に笑ってあげて、涙を流すのは一人でいる時だけにした。



人前で泣いたのは、松永さんが初めてだ。
別れた人を除いては、両親以外では彼しかいない。


あの人は私の涙を受け止めてくれた。
悔しい思いも、嬉しいも思いも、どちらも両方抱えてくれた。


そんな存在にずっと出会いたかった。
拓海の為にも、そんな人が近くにいた方がいいと思い始めていた。



……でも、母の言うように、それが拓海の心を私から遠ざけ、信頼を失うことになるのだとしたら?


もしも、その心配が本当になったりしたら?


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