幾久しく、君を想って。
「イラッシャイ!」


居酒屋の格子戸を引いて暖簾をくぐると、威勢のいい声に迎えられ、びくっとなりながらも会釈を返した。


「あっ、宮野さ〜ん!」


奥座敷から声が聞こえ振り向けば、職場の同僚、高本冴恵(たかもと さえ)さんが上半身を伸ばした状態で「こっちこっち」と手を振っている。


「ごめんなさい。遅れちゃって」


小走りしながら座敷に近寄り、足元に並んだ靴の前で立ち止まった。


「いいって、いいって。それよりも早く上がんなさいよ」


高本さんに勧められ、履いてきたショートブーツのジッパーを下ろし、向きを変えてから座敷へ上がり、空けて貰った座布団の上に正座した。


「たくみ君は?」


「母に託してきたの」


「だったら今夜は飲めるね。何飲む?」


メニューを見せられながら「あんまり強いものは苦手だなぁ」と呟く。
取り敢えず乾杯用のビールだけをグラスに注いで貰い、視線を前に向けた。



「…あれ?」


「あっ、どうも…」


職場の事務室からお見掛けする人が座ってる。


「松永(まつなが)さんも来てたんだ」


顔だけは知ってる人の名前を呼び、「お疲れ様です」と言葉を交わす。


「来てた…と言うよりも駆り出されたんです」


ほやっと笑う人の顔を見てホッとする。
高本さんと言い、松永さんと言い、すぐ近くに顔見知りがいるというのはいいことだ。


< 2 / 258 >

この作品をシェア

pagetop