幾久しく、君を想って。
「松永さんは彼方へどうぞ」


母はリビングの方へ手招きをして促す。



「お邪魔します」


頭を軽く下げた人が靴を脱いで上がる。
来客用のスリッパに足先を通したのを確かめて、母がこちらです…と先導を始めた。



「なるべく早めに上がりますから」


ついて行こうとする人に、こそっ…と耳打ちすると。


「いいから。ごゆっくり」


振り向いた彼はにやりと笑い、私はその裏のありそうな顔にドキッとして見送った。


「お母さん、早く!」


一緒だと長湯になるのが嫌だと思う拓海は、さっさと入って上がろう…と腕を引っ張る。


「はいはい」


後ろを気にしながら浴室へ行き、両親は彼にどんなことを聞いたり、話したりするのだろうか…と悩んだ。


お風呂では拓海のいい加減な洗髪を見て呆れ、そうではないこうでしょ…と、二度洗いをする羽目になった。
背中も上手に洗えていなくて、ゴシゴシと泡を立てて洗ってやった。


「百まで数えてから上がるのよ」


自分が髪を洗っている間は湯船に浸からせておこうかと思いきや、拓海は早口で数えだし、「おーわり!」と言うが早いか、さっさとお湯から出て行ってしまう。


「拓海っ!」


振り返っても姿は既に扉の向こうだ。
バスタオルを広げ、鼻唄混じりで体を拭いている。


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