幾久しく、君を想って。
「お父さんとまだ話しているから行ってごらん。アパートで話すことは内緒にしておくのよ」


背中を押すような言葉を言われ、戸惑いながら母を見ると。


「拓海ちゃんの様子を見てからにしてね」


貴女の部屋で寝ているから…と上を指差し、襖の奥へと引っ込む。


息を吐いて階段を上がり、結婚する前に自分が使っていた部屋へ入った。

中は結婚する前のまま整えられていて、子供の頃に使っていたベッドの上では、拓海がスヤスヤと寝息を立てて眠っている。


その寝顔を見ながら、何処か幼い頃の自分に似ていると思った。

平和そうで呑気そうで、傷つくことも何も知らなかった過去の自分を覗いているみたいだ。


きゅんと胸の奥が狭まり、この子の為にもきちんと話し合っておかないといけないんだ…と思った。


拓海が松永さんに懐いているなら尚更、いい加減な付き合いで終わらせて欲しくない。

私のように傷つけてしまったら、この子は人を信じられなくなってしまうかもしれない……。


重たい話になるだろう。
それでも大事な話だ…。



「真梨」


コンコンとドアがノックされ、母が顔を覗かせた。


「松永さんが帰るって。お見送りしなさい」


その声にドキンとしながらも「はい…」と返事をした。

母のいる方へ向かいながら、どうか彼の気持ちがその場かぎりではないように…と願った。


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