幾久しく、君を想って。
階段を下りると玄関先では既に松永さんが靴を履いて立っている。


「夜分にお邪魔をして申し訳ありませんでした」


一瞬だけこちらを窺った人はそう言いながら両親に向いて頭を下げた。


「何のお構いも致しませんで」


「足元が暗いので気をつけてお帰り下さいね」


「またおいでください」も言わずに送ろうとしている両親。私は堪らず、「そこまで見送ってきます」と声をかけた。



「いいですよ。寒いから」


春先と言えど冷え込んでいる。
遠慮する彼の言葉を聞かず、それでも送りますと言えば、母は待ってましたとばかりに手に持っていたコートを差し出してきた。


「先に休むから真梨はアパートで寝てね」


部屋の鍵まで持たされて外へ出され、さっさとドアを閉めてしまう。
父は素早い母の行動に気を取られたまま何も言えず、私達のことを見逃してしまった。



「……良かったのに」


鍵が掛けられて直ぐに松永さんはそう言って振り返った。


「いいんです」


ホームウエアの上からコートを羽織り、先に行くように踵を返す。門扉を開けて外へ出ると、「それじゃ」と言う人の腕を掴んだ。



「待って下さい!」


「えっ?」


驚いたような声を出した彼が、目を丸くしている。
思わぬ行動だったらしく、首を傾げた。


「真梨さん?」


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