幾久しく、君を想って。
見つめる彼の目を見返し、ごくっと唾液を飲み込む。
拒否をされませんようにと願いながら、噛みしめていた唇を開いた。


「話したいことがあるんですけど」


思いきって声を出すと、「今から?」と聞き返してくる。
「ええ…」と目を逸らさずに答えれば、躊躇うように目線を斜め下に滑らせた。



「…駄目…ですか?」


心臓がドキドキと鳴りだし、どうか断らないで欲しいと願った。

両親と会話をした所為で、彼に何らかの迷いが生まれたのではないだろうか。

避けるように伏せられた眼差しが戻ってきて欲しいと見つめ、話し合う機会を与えて…と祈り続けた。



「……俺も話したいことがあるんだけど、いい?」


覚悟を決めたように真っ直ぐと視線を向け直した人に尋ねられる。
自分から誘っているのに、どうして断ったりするだろう。


「いいです。勿論」


顔を見たまま答え、二人でアパートへ向かいだす。
これから話す内容によっては、今夜限りにも成り得るかもしれない。

それでも未来で傷付くよりかはマシだと思い、ガチャ…と部屋の鍵を開けた。




「待って下さい。今電気を点けるから」


玄関先に足を踏み入れた途端、真っ暗で火の気のない部屋の雰囲気に寒気を覚えた。

右側にあるスイッチに手を伸ばし、探り当てようとしている上から温かいものが触れる。

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