幾久しく、君を想って。
カチッという音が聞こえ、ふわっと玄関が明るく灯った。
何気なく右を見てみれば、松永さんの手が重なっている。

ドキッと心臓が疼き、動かすこともできずにじっと佇んでいると、彼はあっさりとしたもので、重ねていた手をすぐに下ろした。



「ど、どうぞ」


意識しているのは自分だけだと呆れ、気恥ずかしくなって靴を脱いで上がった。
来客用と決めているスリッパを上り口に置き、先にリビングへと向かう。


暖房のスイッチを入れ、間続きのキッチンでケトルに水を入れて沸かしだす。
「構わなくていいよ」という彼に、「でも寒いから」と声を返してレモンジンジャーティーを淹れる準備を始めた。



「和樹さんは座ってて下さい」


彼のことを名前で呼ぶのも今夜だけになるかもしれない。
そう思うと、名前一つを呼ぶのですら大事なことだと思えてくる。

「うん…」と答えた彼は、テーブルとセットになった椅子に腰を下ろし、ぼんやりと部屋の中を眺めている。


お湯が沸く間、お互いに沈黙していた。
話しだすと止められそうにない気持ちもあって、少しでも時間を先延ばしにしたいと思った。



三分もしないうちにお湯は沸き上がり、それをティーポットの中に注ぎ入れる。
仄かにレモンの香りが立つお茶をカップに注ぎ分け、彼のいるテーブルへと運んだ。


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