幾久しく、君を想って。
「髪は濡れてませんか?ちゃんと乾かしてます?」


これではまるで母親と同じ。
拓海に言っている言葉をそっくりそのまま聞いていた。


「今拭いているところです。長くもないから、ほっといても乾きます」


ごそごそと響く物音は頭を拭いているんだと分かった。
ドライヤーを使わずに乾かすのは、この人の習慣なんだろうと思う。


「風邪引かないで下さいね」


さっきといい今といい、リスクの高そうな人だ。


「平気ですよ」


何だか嬉しそうな感じで答える松永さんは、足音を立てながら聞いた。



「…息子さんは?」


いきなりの質問に驚く。
おろおろ…と狼狽えたように目線を壁に向けるけど、声には出さないよう努めた。


「もうとっくに寝てます。今日はマラソンがあったとかで疲れたと言ってましたから」


「マラソンか……もうそんな時期なんだ」


懐かしいな…と一言漏らす。

子供のことでも思い出しているのか。
…となれば、別れた奥さんが連れて行ってしまったケースか。


「冬になると学校でマラソン大会とかありましたよね。宮野さんの頃はどうでしたか?」


疑問を払拭するように問われ、自分のことを振り返ってたんだと知る。


「私の頃にもありましたよ。走るのが苦手で、いつもビリの方でしたけど…」


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