幾久しく、君を想って。
映画館のあるフロアまでの間、エスカレーターでもお互い話すこともなく手を繋ぎ合っていた。

松永さんの方もかなり緊張していたんじゃないのかなと思う。

握られた掌は離される訳でもなく、温もりに包まれたままだったけど、その所為なのかどうか、やけにしっとりと汗ばんでいるようにも思えた。



映画館のあるフロアへ着いてみると、思っていた以上に人が多くて、これでは確かに見つけて貰えなかったかもしれない…と納得した。


松永さんは手を握ったままで人混みの中を進みだした。

こっちはどうにも気恥ずかしくて仕様がないのに、彼の方は慣れた感じでいるように見える。

やっぱり離婚してからも同じ様に女性と映画を観たり、食事に誘ったりしていたんだろうな…と窺える。


館内のロビーにも人は多く、何処か熱気の篭る雰囲気に紛れ込みながら彼を呼んだ。




「ま…松永さん」


騒めく中でも声は届いたらしい。
くるっと振り向いた彼が、「何ですか?」と聞き返してきた。


「あの…ちょっと……トイレに行ってもいいですか?」


上がり過ぎた体温を冷ましたい気分だ。
ハッとした様な目を向けられ、自分も行きます…と言って歩きだした。


トイレの前まで来て、やっと手を離されてホッとする。

後でまた…と言いつつ、中に入っていく後ろ姿を目で追いかけ、出たらまた繋がれるんだろうか…と思い悩む。


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