幾久しく、君を想って。
手を握られて嫌な気持ちにはならなかった。
ただ、過去を思い出してしまうのが嫌なだけだ。

手を繋ぐだけでこれなら、映画を観たら何を思い出すか知れない。

掘り起こしたくもない過去が蘇ってきたら、席を立って逃げ出したくもなるのではないのか。


これ以上はどうか、過去のことを思い出さずにいたい。

そんな映画ではないと、祈っておきたいーー。



トイレを出ると、喫煙場所の近くに松永さんは立っていた。

彼のことを見ながら、コソコソと囁き合っている若い女子達の姿もある。


いい雰囲気の人だよね…とでも言い合っているのだろうか。
そこに私が行ったら、どんなふうに噂されるのだろう。


足先が竦んで前に踏み出せずにいた。
歩み寄るのを躊躇っていると、気づいた彼の方から近寄ってきてくれた。


後方で囁き合っていた女子達の目が丸くなる。
こんなオバさんと待ち合わせでゴメンなさい…という気分に陥る。


「飲み物でも買って入りましょうか」


丁寧に聞いてくれて有難い。
こくっと顎を項垂れると、ほやっと優しく笑ってくれる。


きゅん、とする程可愛い笑顔だと思う。
私よりも年上の筈なのに、年下のようにも見えてくる。


行こう…と再び手を取られた。
今度は了承も得ずに握られて胸が弾む。

彼のことを囁き合っていた女子達が、小さな声で「きゃっ」と叫んだ。


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