幾久しく、君を想って。
「……自分さえ良ければいいんですか。奥さんや子供の気持ちは、無視しててもいいんですか!」


声を上げて反論している自分に驚く。
怒りを前に出すのは止めようと思ったのに、自ら口火を切ってしまった。


感情と共に言葉をぶつけられた松永さんは、瞬きもせずに目を丸くする。
凭れた上体を揺り起こして、上半身ごと私に向けた。


「あの映画の主人公は自分が癌たと分かり、思い悩んで苦しかっただろうと思います。
こっそりと誰にもその事を告げず、離婚届を奥さんに突き付け、別れることができればいいと思ったかもしれない。
…でも、急にそれを突き付けられた方は違う!いろんな疑問が渦巻いて、どうしていいか分からなくなったと思う!」


映画の中で泣き叫ぶようにしながら、夫に理由を問い続ける妻の映像が蘇った。
自分の過去と重なり合い、ぎゅっと手を握ったシーンでもあった。


「愛しているからと言って、あんなことをしたら駄目です!夫婦なら…愛しているなら、きちんとぶつかって来てくれないと!」


逃げてしまった夫を思い出して歯痒くなった。
やり直して欲しいと幾ら頼んでも、聞き入れては貰えなかった。


その場限りの優しい嘘を吐かれて終わった。
最後の最後まで私は、彼に騙され続けたーーー。



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