幾久しく、君を想って。
怒りに任せて喋ったことを取り消すことは出来ず、ハッと息を吸い込んで止める。

勢いで反論したことを謝っておかないと、後味が悪くなってもいけない。



「……すみませんでした。映画の話なのに、つい本気で怒ってしまって……」


項垂れると同時に膝の上で手を握りしめる。
悔しい訳でもないが、胸の奥が苦しい。


「宮野さんが謝るようなことではないですよ。自分を蔑ろにしたって、確かに守られるのは自分だけなんですから」


穏やかに言い返してくる人を見つめる。
ほやっと笑う顔が引き締まっていて、「でもね…」と言葉が足された。


「あれがきっと、彼には最良の方法だったんですよ。妻を愛しているからこその決断。
先のない自分との時間よりも、先のある相手を見つけて幸せになって欲しい。
自分には絶対してやれないことだからこそ、他の誰かに託したい思いがあったんです」


その為に嫌われる様なことになっても甘んじる。
それで恨まれるようなら喜んで恨まれる。


「そういう意味での蔑ろにする…です」


松永さんの言葉に、「それを奥さんが望まなくてもいいの?」と尋ねると、彼は一瞬、寂しそうな笑みを浮かべて。



「望まないのは、彼自身も同じでしょう」


と、か細い声で答えた。


< 65 / 258 >

この作品をシェア

pagetop