刑事と画家とお祖母ちゃんの銀銃
デビル
睡眠中の夢を見る時、それが夢だと気付かない人と気付く人の2種類がいるが神保聡介は後者だった。
(ああ……これ……夢の中だ……)
今自分が見ている映像が過去の出来事だと途中で気付いてしまったのだ。
それは冬の寒い日。
神保は都内の小学校に通う女子生徒たちが相次いで意識不明になり原因不明の昏睡状態に陥るという事件の調査をしていた。
同じ学校に通う生徒達、学校周辺に住む人達に聞き込み調査を行ったものの少女達の昏睡に繋がる手がかりはまったくと言っていいほど集まらず、神保は自分のデスクで深く嘆息する。
(そう……確かこの後彼女が出てきて……俺の知っている常識は壊れていったんだ)
今度は少女達の住む家の周辺に聞き込みをしようと時葉警察署から出てきた時、夕暮れの中、門の前でツインテールの髪型をした少女が一人で立っているのを神保は見つけた。
「あの子は……」
その少女は昏睡状態の少女達の友人で、同じ小学校に通う遠藤佳代子だった。
ランドセルを背負っているところを見ると学校帰りなのだろうか。
「やぁ、佳代子ちゃん。どうしたの?」
夢の中の神保はすぐさま佳代子に駆け寄り、出来るだけ明るい声挨拶した。
意識を失った3人は同じ学校で同じクラスだ。
玉城香澄。
大島裕子。
木村絵里の3人は学校でいつも固まって行動していたという。
そこで神保達警察はクラスの生徒から3人についての聞き取り調査を行ったのだがその中にはこの遠藤佳代子も含まれている。
聞き取り中、生徒達は3人の普段の学校での過ごし方や事件直前の様子などを話してくれたが佳代子だけはどこか怯えた様子でこちらの質問には一切答える事は無かった。
「刑事のお兄さん……私……」
「何か話す気になってくれたのかい?」
見えない何かに怯えるように佳代子は体を小刻みに震わせている。
聞き取りに答えてくれた生徒のほとんどが倒れた3人はいつも佳代子を入れて4人で遊んでいるのだと話していた。
そんな佳代子が今、自分の意思で警察署まで来て何かを伝えようとしている。
神保はようやく原因の解明に一歩前進できるのかと安堵しながら佳代子の次の言葉を待った。
「私達、ただ遊んでただけだったの」
「……遊んでた?」
声を震わせながら出てきた言葉に神保は首を傾げる。
「ルールがちゃんとあって、それを守らなきゃいけなかったのに香澄ちゃんが途中で怖がって指を10円玉から離しちゃったの……」
一体何の話なのか神保には解らなかったが重要な手がかりとなるかも知れないため黙って最後まで聞くことにした。
「それで、香澄ちゃんにつられて次は裕子ちゃんが指を離したの、その次が絵里ちゃんで最後が私」
「最初は香澄、その次が裕子、絵里……」
相変わらず何の話か解らなかったが、今佳代子が挙げて言った名前の順番は3人の昏睡状態に陥った早さの順と合致する。
最初に玉城香澄。
学校の体育の時間中にドッジボールをクラスメイトと楽しんでいる最中突如として意識を失い倒れた。
その1週間後に大島裕子。
ピアノの発表会での演奏中に突然意識を失い倒れる。
更に2週間後には木村絵里。
朝になってもなかなか起きてこない絵里の母親が確認に部屋に入ったところ昏睡状態に陥っている絵里を発見した。
3人とも外傷は無く、病院に寝かされている体は健康体そのものだった。何故この娘達は目を覚まさないのだろうと意思も首を傾げるほど綺麗なままだ。
「最後は私なの。私が襲われるの……!」
「落ち着いて佳代子ちゃん。襲われるって一体誰に……?」
恐怖に震える佳代子は声を絞り出すように答えを口に出す。
「メリーさん……!」
その名前は神保も小さい頃に聞いたことがあった。地方によってやり方や呼び方が違うものの基本は文字を書いた紙とコイン、そして複数の人間がいれば出来る簡単な占い遊びだ。
神保が小学生時代の頃流行ったやり方は用意した紙の中心に神社の鳥居を真似たマークと左右には『はい』と『いいえ』を書き、鳥居の上に10円玉を置いて占いに参加するものは全員人差し指でお金を押さえつける。そして『メリーさん、メリーさんいらっしゃいますか?』と尋ねた後『いらっしゃいましたらどうか私達の質問にお答え下さい』と続けて2択で答えられる質問を開始する。すると、全員が人差し指で押えているにも関わらず10円玉が勝手に『はい』か『いいえ』の方へ動き答えてくれるというものだった。
ちなみに遊びを終える時は鳥居の位置に10円を戻して『ありがとうございました』と一礼しなければならない。そうしなければメリーさんが怒らせて呪われてしまうらしいという怪談遊びにありがちな罰則がある。
神保自身がこの遊びをやったことは無かったが、占いに敏感な女子の間では『メリーさん』や『こっくりさん』、『キューピッドさま』などとそれぞれ好きな呼び方で遊んでいた事は覚えている。
「メリーさん……」
「お願い……佳代子まだ死にたくない……」
普通なら冗談だと笑い飛ばすところだが、目の前の佳代子は体を震わせながら目には涙を浮かべていたのでとても冗談には思えなかった。
目には見えない存在の呪いによって人間が昏睡状態になる話などにわかには信じられなかったが、他に原因や手がかりが全く見当たらない今の状況で3人の友人である少女の証言は事件の解決の糸口になるのではと考えた神保はまず佳代子を安心させる為に真っ直ぐに目を見て言った。
「大丈夫。君の事は必ず僕が守るよ」
佳代子の震えが少し収まったのを確認した神保は近くの喫茶店に2人で入り事件当時の
様子を出来るだけ時間をかけて細かく思い出させて話を聞く。
佳代子の証言によると、放課後にメリーさんをやろうと言い出したのは玉城香澄だったらしい。
占い好きな佳代子、裕子、絵里の3人は二つ返事でOKしたが佳代子だけはメリーさんのやり方を知らなかったので香澄達に教えてもらいながら参加する形となった。
そして放課後。一つの机を4人の女子が囲んで座る。
用意した紙を机に置き、ひらがなを五十音順に書き並べていく。
「ちょっと待って佳代子ちゃん。ひらがなを紙に書いたのか?」
喫茶店のテーブル席で話を聞いていた神保が疑問の声をあげる。神保の小学生時代に流行ったメリーさんのやり方には紙にひらがなを書く事などしなかったからだ。
「うん。ひらがなを書いた後、余白に鳥居とその左右には『はい』と『いいえ』を書いたよ」
「そのひらがなって何に使うんだい?」
「メリーさんがはいといいえの2択で答えられない質問にはそのひらがなを使って答えてくれるの。香澄ちゃん達と遊んだ時はそれを使ってクラスの好きな人とかを占ってたよ」
暗い表情のまま答える佳代子。
どうやら時代が進むにつれて昔流行った占い遊びのやり方にも多少の変化があるようだった。
まだ自分の知らない追加ルールがあるのでは無いかと考えた神保は話の続きを聞く前に現代版メリーさんのやり方を佳代子から教わる事にする。
占いを終えるまで10円玉から指を離してはいけない。
質問の内容はメリーさんが30秒以内に答えられるものではないといけない。
占いに使った紙は破いて燃やし、10円玉は3日以内に使いきらなくてはならない。
メリーさんを使った遊びは30分以内に終わらなければならない。
聞くとひらがなを紙に書く以外にも神保が知らないルールが4つも追加されていた。
そしてルールを破った者はメリーさんに呪われてしまい、肉体から魂を抜かれてしまうのだとか。
「魂を抜かれる……」
確かに肉体的には健康状態な状態で謎の昏睡状態に陥っている香澄、裕子、絵里の3人はまるで魂を抜かれているようだった。
佳代子が異常に怯えているのにも納得できる。
「話を遮って悪かったね。続けてくれ」
メリーさんの知識を少しだけ深めた神保はコーヒーを一口飲みながら佳代子の話を最後まで聞くことにする。
どうやら香澄達4人は途中まで普通にメリーさんを使った占いを楽しんでいたようだ。 変化が起きたのは恋愛系の占いをしようと絵里が言い出し、最初に香澄が片思いをしている男子に好きな子がいるかという質問をメリーさんに投げかけた時だった。
答えを聞くことを恐れた香澄が途中で10円玉から人差し指を離してしまったのだ。
最初はそんな香澄の様子を笑っていた佳代子達だったが、すぐに異変に気付き顔色を変える。
自分たちが抑えている10円玉がいつまでも止まらずに動き続けていたからだ。
の、ろ、っ、て、や、る。
10円玉は一文字ずつゆっくりと移動していき4人に一言『呪ってやる』とメッセージを伝えた。
その不気味さに裕子が手を離し、つられて絵里と佳代子も指を離す。
しかし、誰も触っていない10円玉が止まる事は無く独りでに『呪ってやる』の6文字を行き交い続けた。
4人は紙と10円玉を机の上に放置したまま一斉に教室から逃げ出したが翌日学校に来て見ると紙も10円玉もなくなっていたそうだ。
その後も特別何かあるわけでもなく4人は普段の学校生活を過ごす。
しかし、メリーさんで遊んだ3日後の体育の時間。
クラスメイトとのドッジボールを楽しんでいた香澄が突然悲鳴を上げてグラウンドに倒れこむ。
担任の教師が駆け寄った頃にはもう香澄は意識を無くし、昏睡状態に陥っていた。
病院に運び込まれ検査を受けても原因と解決策は解らず、担当医師は頭を抱える。
「そして、それに続くように裕子と絵里も意識を失っていった……と」
神保の呟いた言葉に佳代子は小さく頷く。
「こんな馬鹿げた話……信じてもらえないよね?」
「確かに俄かには信じ難い話だけれど、どうして今話す気になったんだい?」
「最初は怖かったの。誰かに話せばメリーさんがもっと怒るんじゃないかって」
そう話す佳代子は今も小刻みに体を震わせている。
「でも、大人の人や警察の人達に話せば香澄ちゃん達を助ける手がかりになるんじゃないかって思ったの」
目に涙を浮かべながら震える少女の頭を神保はそっと撫でる。
「君は人のために動ける強い人間なんだね」
この少女を守らなければならない。
警察官として、一人の大人として。
神保はこの時、何としても佳代子を守ることを強く胸の中で誓った。
話を聞き終えた神保は喫茶店を出たところで佳代子と別れる。
「メリーさん……か」
もしも佳代子の証言通りならば、今回の事件の犯人は人間では無いという事になる。
果たして見ることさえ適わないかもしれない存在を信じてもいいものだろうかと己の胸に問いかけてみる。
もちろん神保も一人の大人だ。佳代子の話を全て鵜呑みにしたわけではない。
しかし、事実として3人の女生徒が同じ遊びをした直後に昏睡状態になっている。それも周りの目があるグラウンドやピアノの発表会、更には自宅でだ。
とても人間の成せる犯行ではない。
どちらかと言えば神保は現実主義者で幽霊や超能力などの類は信じない性格だった。
だが今回は現実主義者だからこそ非現実的な存在を認めなければならない。
同じ学校で同じクラスの女生徒達を同時期に昏睡状態にさせることなど人間には不可能なのだ。そう、人間には。
だが人の常識を超えた存在ならば可能なのかもしれない。
「今は信じるしかないな」
非常識な事件には常識を当てはめても意味がないと悟った神保は無理矢理に超常的な存在を受け入れる事にする。