女王様は憂鬱(仮)
「それじゃあ、お先に」
満面の笑みで会釈をし、一歩を踏み出しかけた時、ものすごい力で後に腕を引っ張られた。
「うきゃっ」
気を抜きすぎたせいか、ずいぶんと色気のない声が出てしまう。
その上、踏み止まることもできず、不本意ながらも男の胸に飛び込む形となった。
「何するんですか!?」
睨みつけるように顔をあげれば、にやりと笑う男と目が合う。
(この男、ムカつく)
「早く手を離して下さい。セクハラで訴えますよ」
「……気の強い女」
「もう、しつこいっ! 離しなさいよっっ!」
力一杯身体を捩り、包囲網から抜け出そうと暴れる私の顎を、男が片手で掴んで上を向かせた。
「……っ」
思った以上に男の顔が自分の目の前にあり、思わず息を呑む。
先程とは打って変わって真剣な目をした男が、そのままゆっくり距離を縮めようとしていることに気づいた。
(キスされる……っ)
動きを封じられたせいで、俯くこともできない。咄嗟に強く目を閉じると、次の瞬間、想像とは違う場所に衝撃が走った。
「痛っっ!」
──と同時に、体に自由が戻る。
「な、な、なっ……」
あまりの衝撃で、その後の言葉が続かない。
若干涙目になりながら左耳を両手で覆う私に、男は勝ち誇ったように言った。
「キスされると思った? ごめんね、期待に応えられなくて」