女王様は憂鬱(仮)
「京香さん、私……京香さんが帰ってくる頃までに、もっともっとデキる女になってみせますからっ! 絶対、戻ってきて下さいね」
営業部での最終出社日。私の挨拶の後、涙ながらに花束を渡してくれた後輩と抱き合い、背中をぽんぽんと叩いて再会を約束した。
その様子を見守っていた先輩や同僚は「たった一年だってのに、大袈裟なんだよ」と笑っていたけれど、「待ってるぞ」と笑って私を送り出してくれた。
フロアを出る時すれ違った川北だけは、底意地の悪い顔をして「おじさまへの媚び売り、頑張って〜」なんて言っていたけれど。
総じて私は、これまで恵まれた環境に身を置けていたのだと思う。
いよいよ明日からは、新しい職場──秘書課への転属となる。
この一ヶ月、現実を見据えるだけの冷静さは取り戻したつもりだ。
「ウジウジクヨクヨするなんて、京香らしくないぞ!」と、清香にも励まされたおかげで、本屋で秘書検定のテキストを買い、週末はカフェで勉強に打ち込むほどの前向きさも取り戻せた。
(大丈夫。営業出身者は使えない、なんて言わせないんだから)
オフィスを出た瞬間、強い風に煽られ、思わずよろめく。
向かいのビルの外壁にデジタル表示されている室外温度は『2℃』だった。
(寒……)
カシミヤのストールを首にぐるぐるに巻き付けても、まだ寒さを感じる。
そう言えば、明日は朝から雪が降るかもしれないと今朝の天気予報が言っていた。通勤時の交通機関が乱れるかもしれない。
転属初日から遅刻するわけにはいかないので、明日はいつもより更に早く家を出ることにしよう。そう決めた私は、花束を抱え直して駅までの道のりを小走りで進んだ。