女王様は憂鬱(仮)



秘書課のフロアには、まだ人が誰もいなかった。
園原さん曰く、だいたい始業三十分前くらいに社員が出社し始めるそうだ。私の想像とかけ離れていて、正直驚いた。


「立花さんがイメージする秘書課って、どんなものですか?」

なんとなく想像できますが──と前置きしながら、園原さんが私に質問をしてきた。


「私のイメージでは、役員が到着する数時間前には出社して、朝のコーヒーの準備をしたり……」

「やっぱり、ドラマのイメージそのままですね」


園原さんは、苦笑しながら続ける。


「確かに、映画やドラマの世界での秘書は、あなたの言う通りかもしれないけれど、そんなこと今の日本でやったら、ブラック企業と言われてしまいます。特にうちのような大企業は労務監査も定期的に入りますし、時間外労働の管理はとても厳しいのですよ。もちろん、ボスに同行して早出をすることも稀にありますが、年に数えるほどです」

「なるほど……」

「あぁ、あなたが以前いた営業部は例外ですよ? 営業は顧客との直接付き合いが基本ですから、始業前や終業後の時間外、休日手当なんかはある程度認められています」


確かに、営業は顧客に合わせて休日出勤もたまにあるし、きちんとその分の手当はついていた覚えがある。


「今日からあなたのボスになる専務もそのあたりのことは分かっていますから、ドラマのように突然夜中や休日に呼び出されたり、なんてことはないので、安心してください」

「分かりました。あの、専務はいつも何時頃に出社されるのでしょうか?」

「専務はだいたい、始業一時間前には出社されていますね。今日も、もう少ししたら到着されるんじゃないかな」


壁時計をちらりと確認した後、園原さんはデスクに置いてあった朝刊を手に取り、私に差し出した。
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