女王様は憂鬱(仮)
「金持ちでイケメンな俺には、色々と隠しておかなければならないことがあるんだよ。俺が会長の孫であることは、社内の一部の人間しか知らないことだ。このことは他言無用だからな」
「私は口が軽い人間ではありません!」
「あぁ、あと……俺に惚れないこと。俺の専属秘書になったのをいいことに、仕事そっちのけでキスを強請ってくるようなことはするなよ」
「な、な、なっ……っっっ!」
あの日のことを言っているのだと分かった。
(誰が強請ったってーーーーっ!?)
今すぐ爪で顔を引っかいてやりたい衝動に駆られたものの、園原さんもいる手前、悔しながらもぐっと堪える。
でも、言われっぱなしなんて、やっぱり性に合わない。
私は完璧な作り笑いを浮かべて、専務に向き合った。
「あら専務、ご冗談を。私は優秀な社員ですので、公私混同などいたしませんわ。それに……」
「それに?」
「私にだって、選ぶ権利がありますわ」
「ほう……」
「私、会社という神聖な場で、女性に手を出すような不埒な真似をされる方、大っ嫌いですの」
ピクリと専務の眉が動いた。
「まず、社内でそのようなことをしようとする発想事態、信じられませんわ。一体会社に、何をしにいらっしゃってるのかしら?」
「……そうだな」
事情を知らない園原さんがいる手前、表情は崩さないけれど、専務のご機嫌は確実に悪くなっているようだ。目が、笑っていない。
「それに私、この通りとても美しいので、男性に言い寄る必要がないのですわ。ですから、専務のご心配は無用かと」
言外に、誰があんたなんかに言い寄るか! 趣味じゃないのよ!!──と含ませながら「ふふふ」と笑う私に、専務は「ははは」と返しながら、私たちは見えない激しい火花を散らした。
(こんな男の下で私の貴重な一年を費やすなんて……! ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!)