女王様は憂鬱(仮)

どうせなら挽き立てが飲みたいと言った専務の一言で、翌日には職場にコーヒーミルが設置された。専務至上主義の園原さんが、わざわざ家電量販店に行って探したらしい。

こんな私的なものを経費で落とすのかと口を引き攣らせた私に、「専務から預かったお金で買ってますから、ご安心ください」と園原さんは笑った。


──ゴリゴリゴリゴリ……


まさか秘書の仕事にこんなことまで含まれるなんて、思いもよらなかった。

営業にいた時には考えられなかった平穏な時間。あの頃は、物思いに耽る時間さえなかった。日によっては、ランチ抜きなんてこともあった。

そんな環境にいた私が、今や無心で豆を挽いている。
今の私を営業の仲間達が見たら、皆腹を抱えて笑うだろう。イメージじゃないとかなんとか言いながら。
(私、このままでいいの……?)


一年限定という約束のもとでの異動だけれど、この一年の間に私は、営業で培った大切な感覚を忘れ去ってしまいそうだ。

自然と豆を挽く手に力が入った。





午前十時。専務室のドアが開き、専務がジャケットを羽織って出て来た。
今日は十五分後に、取引先との面会が予定されている。

来客時のご案内とお茶出しは、秘書の仕事の一つだ。私もジャケットを羽織って給湯室へ向かおうとすると、専務がそれを止めた。
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