女王様は憂鬱(仮)
川北はまだしっかり私の腕を掴んでいたけれど、顔色はすっかり失くしていた。
「う、嘘よ、そんなの……」
「何が? 上司にバレてること? 当たり前でしょ。あなたの嘘も見抜けない無能な上司なんていないから。ついでに言わせてもらえば、我が社が取引する相手は、日本屈指のトップ企業ばかりよ? 私の美しさと身体だけで契約がとれるなら、とっくにこの会社は資産数兆円になってるわね。……まぁ、会社のために身売りするような真似、私がするはずないけど」
そう言い切ったところで、ぱんぱんという乾いた音が聞こえてきた。
振り向くと、見知らぬ男がエレベーターの前に立ち、こちらを見ていた。何故か、微笑みを浮かべながら拍手をしている。
(もしかして、今の……見られた?)
別に後ろめたいことはないけれど、人に見せたい内容でもない。
そんなことより。
この無駄に顔が整った男は────
「……誰?」
質の良さそうなダークグレーのスーツを品良く着こなした、自分よりいくらか年上に見える男。同じフロアに、こんな男がいただろうか。