ビルの恋
「伊坂君は?」

今度は私が質問する番だ。

「毎日仕事ばっかりしてる。今週は家に帰ってない」

「さすがエリート弁護士。大変じゃない?」

ビールを一口飲む。

「まあね。でも好きな仕事だし、やりがいはある。
それにこのビル、良くできているし。
シャワーはジム、着替えは下のコンビニ。
いざとなったら42階のホテルに泊まれるし」

ふと時計を見ると、11時になるところだ。
そろそろ行かなくては。

「ごめん、帰らないと。誘ってくれてありがとう。楽しかった」

そう言って財布を出す。

「こちらこそ、気分転換になった。お礼にここは払うよ」

伊坂君は伝票を手に取り、席を立った。

たわいのない話をしただけだったが、居心地が良く、楽しかった。

エレベーターを待つ間、私は次の誘いを期待した。

でも伊坂君は

「じゃあ、また」

と言っただけだった。

きっと、懐かしさから声をかけてくれただけなのだろう。

やはり、これ以上の展開は期待しない方が良さそうだ。
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