ビルの恋
ビルのエントランスを出て裏庭に回る。

見上げると、樹の幹に、ぽわん、ぽわんと、桜が少しだけ咲いている。

いくつかベンチはあるが、座っている人はほんの数人だけだ。

ビルを背にして置いてあるベンチに座り、お弁当を広げる。

お弁当といっても、いつもと同じ、大きめのおにぎり3個とお茶だ。

今日の具は、筍の木の芽焼き、焼きソラマメと梅、鰆の西京焼き。

お花見用なので、旬の素材を握った。

保温水筒で持参した日本茶を飲み、ソラマメおにぎりをパクついていると、後ろから声をかけられた。

「夏堀さん」

伊坂君だ。

高揚する気持ちを押し隠し、ベンチ越しにゆっくり振り向く。

「ビルのエントランスのところで、こっちに歩いていくの見かけた」

少し得意げに話す伊坂君は、今日もジーンズだ。

上は、グレーのパーカー。

そして手にはキャリーバッグ。

「・・・旅行?」
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