ビルの恋
「忙しかった？」
伊坂君が聞く。

「うん。ちょっとゴタゴタして。遅れてごめんなさい」

「いいよ5分くらい。何にする？」

メニューを手渡しながら、伊坂君が聞く。

「私はハンバーグ。
お肉食べて元気付けたい。
今日はトラブル続きになりそうだから」

「俺も同じにする」

伊坂君がウェイターを呼んでオーダーする。

今日の伊坂君は、いかにもイケメンエリートという感じだ。

仕事を抜けてきました的な、緊張感をまとっている。

白いシャドーストライプのシャツに、濃紺のネクタイ。
きれいに折り目のついたチャコールグレーのパンツ。

髪型はこれまでに会った時より、きちんと整えられている。

「今日はおしゃれだね」

思わず褒めてしまう。

「午後、顧客のところに行くから」

伊坂君は、運ばれてきたハンバーグを早速食べながら答えた。

「普段はノーネクタイ？」

「うん。
今日みたいに、外部の人に会う場合は着けるけど。
ほぼ一日中、事務所で書類作成してるから、楽な方がいい」

まだ周囲の視線を感じる。

さりげなく店内を見渡すと、30席ほどのうち、女性9割、男性1割といったところだ。

このビルで働くエリートたちは忙しい。

彼らの中でランチ時にレストランに来られる人は、実際はごく少数だ。

うちの会社を見ても、仕事をしながら、デスクで簡単に済ませる人が多い。

だから今日の伊坂君は、例外的にこの場に存在するイケメンエリートだ。

女性客の視線を集めてしまうのも無理はない。

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