ビルの恋
コーヒーは二階のシアトル・カフェで買う。

席数は五十ほど。

店の奥に、幅5メートルほどのカウンターがあり、3人のスタッフが、立ち働いている。

白いシャツ、ジーンズ、それに黒いエプロンが制服だ。

店内はいつも、コーヒーの香りで満たされている。

カウンターに向かうと、店長の高橋さんが声をかけてくれる。

「おはようございます。
今日はダブルエスプレッソ・バニラシロップですね」

30代半ばだろうか、色白でメガネをかけた高橋さんは、抜群の記憶力の持ち主だ。

サイモンは曜日によって異なるフレーバーを飲むのだが、それを完璧に把握している。

コーヒーができるのを待ちながら、店内を観察する。

ソファ席では、ビルの管理人・田中さんが奥さんの紀美子さんと朝食中だ。

田中さんは、定年後ビルの管理室に勤めるようになったそうで、その優しい性格から「癒しの田中さん」と慕われている。

紀美子さんは、60代とはいえ華やかな雰囲気。
定年までアパレルのデザイナーとして勤務していたそうだ。
今は、管理室で田中さんのお手伝いをしている。

紀美子さんと私は、ひょんなことから知り合いになり、今ではたまに一緒にお昼ご飯を食べる仲だ。

紀美子さんが私の視線に気づいてこちらを見た。

「奈央ちゃん」

嬉しそうに声をかけてくれる。

「おはようございます」

「おはよう。
またお弁当持って、遊びにいらっしゃい」

「はい、近いうちに伺います」

地下5階の管理室には、和室の休憩室があって、そこでゆったりくつろげるのだ。

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