ビルの恋
堺さんが、ボトルとグラス、それに山盛りの苺を持って戻ってきた。

「これは、私の好きなシャンパーニュでして、お口に合うと良いのですが。
やや辛口です」

グラスに注ぐ。

「苺もぜひ召し上がってみてください。
露地もので、美味しいですよ」

綺麗なカッティングの模様が施されたガラスの器に真っ赤な苺。
芸術的に、美しい。

では何かありましたらお呼びください、と堺さんは丁寧にお辞儀をして部屋を出て行った。

「嬉しいなー、シャンパンも苺も大好き」

早速一口飲み、苺も食べる。
美味しい。

「ふふ」

思わず笑いがこみあげる。

「なに」

伊坂君がシャンパンを飲みながら聞く。

「楽しいなーと思って」

また苺を食べる。

「伊坂君は?楽しい?」

「うん」

「伊坂君にとって、私と過ごす時間ってどういう意味がある?」
思い切って聞いてみる。

「どういうって・・・楽しいよ」

「気分転換?」

「そうだな」

「私、伊坂君と違って普通だけど、一緒にいて楽しい?話面白い?」

伊坂君はあまり感情を表に出さないので、よくわからないのだ。

「うん、楽しいよ。
それに俺も普通だよ。
どっちかと言うと、俺の方が話面白くないだろ」

「普通じゃないよ。T大出て弁護士になって、英語も話せる。特別」

「まあ・・・その点では恵まれてるけど。
部屋は散らかってるし仕事でミスもするし、夏堀さんが思ってるほど特別じゃない」

「でもモテるでしょ」

「まあ、それはね」

伊坂君は照れたのか、グラスを一気に空けた。

私が注ぎ足す。

「俺の場合、高校までアメリカにいただろ。
アジア系が少ない地域だったからモテとは無縁だった。

それが、弁護士になってから急に、さっきみたいに声かけられるようになったから、なんだか慣れない」

そうなのか。
こんなにイケメンなのに、モテに慣れていないんだ。
もったいない。

伊坂君がモテに不慣れなことは、伊坂君が私を好きなこととイコールではない。
でも少しは期待できるかもしれない。

酔いに任せて気持ちを聞いてみたい気がしたが、まだ行っていないお店が残っているし、今の関係を壊したくなかったので、結局聞かなかった。

窓の外に広がる夜景を見ながらゆったり過ごすのは、最高の贅沢だった。
時間をかけて、ボトルを空にした。




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