ビルの恋
「カボリさーん!レシート!!」

振り向くと、入館ゲートのところで高橋さんが呼んでいる。

高橋さんは、オフィスエリアへ入るIDを持っていないのだ。

慌てて駆け寄り、ゲート越しにレシートを受け取る。

「すみません、うっかりして。助かりました!」

あやうくサイモンに叱られるところだった。

完璧主義者の私の上司は、レシート一枚まで細かく管理したがる。

エレベーターホールに戻ると、まだエレベーターの扉が開いていて、ブザーの音がしている。
扉を閉めるよう促すブザーだ。
あの人、開けて待っててくれてるんだ。

急いでエレベーターに乗る。

「ありがとうございます」礼を言うと、

「良かったですね、レシート」

彼はにっこり微笑んだ。

さすがエリート弁護士。そつがない。

こういう日に限って、普段より適当な恰好なのが悔やまれる。
黒のタートルネック(毛玉が目立つ)に白いガウチョパンツ(ウェストはゴム)、足元はムートンブーツだ。

「いつどこに出会いが転がってるかわからないのだから、常に気合入れてお洒落をしなさい」

という、紀美子さんの忠告を素直に聞いておくべきだった。

自分にがっくりしながら、眼下の景色を眺める。

ガラス張りのエレベーターは、B.C.Square Tokyoで私が気に入っているものの一つだ。

芝生に、揃いの帽子をかぶった小さい子供が一、二…八人。

エプロンをした、付き添いの女性が二人。

みんなで植え込みを観察しながら、楽しそうに歩いている。

近所の保育園の散歩だろう。

いいなあ、楽しそうで。

ぼんやり外を見ていた、その時。

「あの」

弁護士が私に声をかけた。
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