ビルの恋
その夜、私はほとんど眠れなかった。
再会して、少しずつ親しくなって。
いい関係が続いている、いずれ結婚も、と思っていたのに。
私の勝手な思い込みだった。
朝が来て、何とかベッドからはい出し、身支度をして家を出る。
伊坂君と再会して以来初めて、フラットシューズで出勤だ。
こんな日に、身なりなんて構ってられるか。
動きやすい格好で出勤して、バリバリ働いてやる。
職場に行けばやることは山ほどあり、しばらく嫌なことは忘れられるだろう。
いつもの時間に、シアトル・カフェに行く。
相変わらず、田中さんと紀美子さんは仲睦まじく朝食中だ。
紀美子さんと目が合う。
紀美子さんは、驚いたような顔をして、私を手招きした。
「奈央ちゃん、ちょっと、こっちいらっしゃい」
二人の席に向かうと紀美子さんが、
「眉毛書き忘れてるわよ」
と言った。
私は焦って、思わず両手で眉を隠した。
紀美子さんがポーチから、手鏡とアイブロウを差し出した。
「周りにお客さんもいないし、ここで描いちゃいなさいよ」
いたずらっぽく笑う。
「すみません」
恐縮しながら、隣の席に腰かけ、急いで眉を描く。
「今日は元気なさそうですね、何かあったんですか」
田中さんが聞いてきた。
「いえ、特には」
「ほんとに?」
紀美子さんが念を押す。
「話したくなったらいつでも、お昼にいらっしゃい」
コーヒーを受け取り、シアトル・カフェを後にした。
紀美子さんと田中さんが、心配そうに私を見送っている視線を感じた。
再会して、少しずつ親しくなって。
いい関係が続いている、いずれ結婚も、と思っていたのに。
私の勝手な思い込みだった。
朝が来て、何とかベッドからはい出し、身支度をして家を出る。
伊坂君と再会して以来初めて、フラットシューズで出勤だ。
こんな日に、身なりなんて構ってられるか。
動きやすい格好で出勤して、バリバリ働いてやる。
職場に行けばやることは山ほどあり、しばらく嫌なことは忘れられるだろう。
いつもの時間に、シアトル・カフェに行く。
相変わらず、田中さんと紀美子さんは仲睦まじく朝食中だ。
紀美子さんと目が合う。
紀美子さんは、驚いたような顔をして、私を手招きした。
「奈央ちゃん、ちょっと、こっちいらっしゃい」
二人の席に向かうと紀美子さんが、
「眉毛書き忘れてるわよ」
と言った。
私は焦って、思わず両手で眉を隠した。
紀美子さんがポーチから、手鏡とアイブロウを差し出した。
「周りにお客さんもいないし、ここで描いちゃいなさいよ」
いたずらっぽく笑う。
「すみません」
恐縮しながら、隣の席に腰かけ、急いで眉を描く。
「今日は元気なさそうですね、何かあったんですか」
田中さんが聞いてきた。
「いえ、特には」
「ほんとに?」
紀美子さんが念を押す。
「話したくなったらいつでも、お昼にいらっしゃい」
コーヒーを受け取り、シアトル・カフェを後にした。
紀美子さんと田中さんが、心配そうに私を見送っている視線を感じた。