ビルの恋
「夏堀さん、僕の入社当初から色々気を遣ってくれてましたよね。
一緒にいる時間も長かったし、月並みですけど、気付いたら好意を
持ってました。
でも、気持ちを伝えるのに迷いがあって」

本条君が黙り込む。

「なぜ?」
気になる。

「あの・・・正直に話したいので言いますけど。怒らないでくださいね。
・・・夏堀さん、以前は服装、かなり手を抜いてたじゃないですか」

本条君が気まずそうに言う。

そこか。

「・・・そうだね、確かに手抜きしてた」

「それで、見極めに時間がかかったというか。
優しいし仕事はきちんとしてるし、スタイルだっていい。
気を遣えばそれなりに見えるはずなのに、なんでこの服装なのか?と」

「僕が迷っているうちに、推測ですけど、弁護士の彼と付き合いが始まって。
夏堀さんの雰囲気が変わり始めて。
Bar54で会った時は、綺麗で驚きました」

そんな風に私を見てたんだ。
思いもしなかった。

「そういうわけで、迷ってタイミングを逃したのは、僕としては痛恨の判断ミスでした。
自分のせいですし、彼とうまくいっているようだったので、諦めようと思っていたんですが。
月曜の朝、夏堀さんがエレベーターに駆け込んできたときに、気が変わりました」

ここまで一気に話して、本条君は息をついた。

そして私を見て、はっきりと落ち着いた口調で言った。

「伝えるからには、半端なことを言っても勝ち目はないなと。
そういうわけで、突然になりました」

・・・こんなふうに誰かに言ってもらえること、きっともう、ないな。

「私、よく『親切』とか『優しい』とか言われるの」

「はい」

「でも、それだけ。普通なの。もしも結婚することになったとして・・・本条君、がっかりしないと良いけれど」

「しませんよ」

本条君が笑う。

「親切で優しい夏堀さんに、ずっとそばにいてもらえたら、それだけで十分です」

本条君は真っすぐ私を見て言うと、そろそろお昼食べに行きましょうか、と言って席を立った。
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