明日も歌う あなたのために
───だけど六月に入ってすぐの頃。
高梨は学校で倒れて救急搬送されたんだ。
あの時間は調理実習で、私は高梨と同じ班だった。
だけど前日まで三日間学校を休んでいたあの日の高梨は、明らかに本調子じゃなくて。
でも彼自身が「大丈夫」と言うから、大丈夫なんだろうと思った。
別に高梨が学校を休むことは珍しい事じゃないし、運動したりしなければいいのだろう、と。
「ごめん佐原、座って作業していい?」
マドレーヌの生地を作っている時、高梨が申し訳なそうに苦笑いしてそう言った。
「あ、全然いーよ。また貧血?」
「んーそうだと思う。座ってれば平気」
心臓病の症状に関係して、高梨が貧血を起こすことも珍しくなくて、いつもしばらく座っていれば顔色も良くなるし、この時もそこまで気にかけなかった。
だけどそのすぐ後、ガシャンッと大きな音が聞こえて振り返ると、そこに座っていたはずの高梨が、生地の入ったボールと一緒に床に倒れていた。
異常なまでに上下する高梨の両肩も、慌てて駆け寄る飯田も先生も、全部スローモーションに見えた。
あの時のことを思い出すと、いまでも背筋がゾッとする。
13年生きてきて一番怖い瞬間だった。
高梨が死んじゃったらどうしよう。
そんなふうに考えていたら、震えが止まらなかった。
翌日になって高梨の意識が戻ったと連絡があるまで、食べ物も喉を通らず、一睡もできなかった。
それから数日後にクラスの皆で病院へお見舞いに行くと、高梨はもういつも通りの笑顔で「こうゆうの慣れてるから大丈夫」と言ったのを聞いて、私たちは言葉を失ったんだ。
その場で対処できるような軽い発作なら珍しくないし、重い発作を起こして入院になるのも、もう6回目だと彼は言っていた。
中一の頃も学校は休みがちではあったけれど、高梨の病気がここまで重かったなんて、飯田を除いてそれまでクラスの誰も知らなかった。